地方都市に散らばるベーゼンドルファーの手作りピアノ・・・名門ピアノ、ベーゼンドルファーの話(2)
世界のピアノ御三家の一つとして列せられているオーストリアのピアノ製造元ベーゼンドルファー(Bösendorfer)。
私が今でも籍を置かせて貰っている関西のピアノサークルから配信された1つのメールに記されていた内容はまさに衝撃的でした。
「ベーゼンドルファー倒産」
前回掲載記事の中でもお話ししましたように、最終的にはベーゼンドルファーと同じくピアノ等を製造(勿論製法は大きく違いますが)、ヨーロッパ各国等に供給している日本の楽器製造大手ヤマハの手に渡ることになったわけですが、日本の楽器メーカーに買収されるとの報道に、当初、地元オーストリアでは、伝統あるベーゼンドルファーのブランドが消滅するのでは、工場(というか工房!?)がオーストリアから出て行ってしまうのでは・・・等といった不安感が醸成されていたようですが(地元オーストリア生まれの指揮者でアメリカのクリーヴランド管弦楽団の音楽監督でもあるフランツ・ウェルザー=メストもまた心配していた模様)、ヤマハ側が、ブランド名はそのまま残し、オーストリア国内にある工場はそのまま残す、との条件を提示することで地元はとりあえず鎮静化していったみたいですね。
ところで、この世界ピアノ御三家の一つに列せられているベーゼンドルファーのピアノについて、『ベーゼンドルファー物語』は、ピアノ全体を鳴らすというコンセプトの下、響板は勿論のこと、弦の張力を一部支えることになる側板やピアノの裏側に組まれている支柱(桁状に組まれていて、かなり強固な造り)に至るまで全て無垢のスプルース材が使われているとのこと。
ここでスプルース材についてネット上で調べてみると、『スプルース』のところで以下のように掲載されていました。
別名:ベイトウヒ、シトカスプルース トウヒ属(マツ科) 辺材は淡黄色から白色に近く、心材は淡黄色から淡褐色まであり、淡黄白色木目が美しく、軽くて軟らかく加工しやすいが、耐水性にやや劣る。 樹脂は少なく、無味無臭である。 |
そして主な用途として、建具材、建築材、家具、ピアノ・ヴァイオリン・ギターの響板・・・と出ていました。
ピアノだけでなく、弦楽器の響板としても使われているんですね。
で、『スプルース (スプルス)』によると、スプルース〔日本では”ベイトウヒ(米唐檜)”と呼ぶ〕と呼ばれる木材には・・・
シトカスプルース
《Sitka Spruce、シトカトウヒ》
エンゲルマンスプルース
《Engelmann Spruce、エンゲルマントウヒ》
ウェスタンホワイトスプルース(カナダトウヒ)
《White Spruce、カナダトウヒ(シロトウヒ)》
の3種類あり、これらのうちのシトカスプルース(シトカトウヒ)について、『シトカスプルース 表板』では、他のスプルース材と比べて弾性率が大きいためギターメーカーの標準トップ材としてよく使われ、通常「スプルース」と言えばこのシトカ・スプルースを指す、との話がある他、「シトカ」という呼称については、『スプルス・シトカスプルス・Spruce』によると「アラスカのシトカ市の名前を取ったもの」だそうです。
なお、このスプルース材については、ピアノや弦楽器類の響板に使われる一方で、まな板や割り箸等にも使われているようで、『スプルース(スプルス:Spruce)』によると、アコースティック楽器のトップ材の定番だが殆どはパルプの原料になってしまうらしい、と記した上で、フラットトップの銘品になるか、ティッシュペーパーになるか、運命というのは奇なものだ、と感慨深げに語っています。
と、書き連ねてみたのですが、じゃあ肝心のベーゼンドルファーのピアノに使われているスプルース材とはいったい何なんだ、といわれると・・・『ベーゼンドルファー物語』には「無垢のスプルース材」とあるだけで、具体的にどのスプルース材が使われているのかの記載が無い。
『シトカスプルース 表板』の記述に倣って、シトカスプルースが使われているのでは、とも思ってしまいそうなところですが、確たる証拠がネット上には見あたらないので、正直「謎」ですネ、これは・・・
木材の話はとりあえずこのあたりとしまして本題に戻りますが、結局のところヤマハに引き取られる格好となった世界ピアノ御三家の一つ・ベーゼンドルファーでありますが、スタインウェイやヤマハと同じく、日本国内各地に所在する一部の公・私立の文化ホールにも納入されています。
その中で、東京・杉並区にある杉並公会堂には、日本国内で唯一、ベーゼンドルファーを初めとする世界ピアノ御三家のピアノ全てが入っている文化ホールとしても知られているそうで、読売新聞に掲載されている『荻窪 街道沿いに昔ながらの商店街 ノスタルジーあふれる散策を』にはそんな杉並公会堂を紹介する記述が見られます《以下にて引用紹介》。
… 新装なった文化の殿堂・杉並公会堂 会話も親密な戦前からの教会通り 白山通りから青梅街道に出て、環状八号線が交差する四面道方向へ3分ほど歩くと、今年6月に完成してオープンしたばかりの新しい杉並公会堂にたどり着く。 昭和30年代には、渋谷公会堂、文京公会堂などとともに、テレビの公開番組の収録でもおなじみだった旧・杉並公会堂は、昭和32年に開館し、日本フィルハーモニー交響楽団のフランチャイズホールとして、「東洋一の文化の殿堂」とも呼ばれていた。40歳代以上の世代には、「ロッテ歌のアルバム」や「8時だヨ!全員集合」などの番組と共に、記憶されているはずである。昭和41年から現在まで続いているウルトラマン・シリーズの初代ウルトラマン「前夜祭」も、杉並公会堂で行われた。海外でもシリーズが制作されるほどの国際的人気を博したウルトラマンが、初めて一般にお披露目されたという記念すべき場所でもある。 旧・杉並公会堂は3年前に取り壊されて、現在の新・杉並公会堂がオープンし、以前と同様、一般の利用を中心に使われているが、現在は大ホールと小ホールの他に、貸しスタジオなども併設されている。また、優れた音楽家が愛して止まない「世界の三大ピアノ」と言われるスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインの3つがそろえてあるのは、国内では杉並公会堂だけというから、「東洋一の文化の殿堂」の意気込みは、建物が新しくなった今も、確実に受け継がれているようだ。 青梅街道側の正面玄関から入った奥には、カフェ・コーナーもあるから、散歩に疲れて一休みするのもいいだろう。… |
この杉並公会堂、在京プロオーケストラの一つで、1972年(昭和47年)、専属契約を結んでいたフジテレビからの契約解除通告がきっかけで新日本フィルとの分裂騒ぎにまで発展した経歴をも持つ日本フィルハーモニー交響楽団とのフランチャイズ契約を結んでいる文化施設としても知られているんですね《ちなみに1984年にフジテレビ・文化放送と日本フィル労組との間で和解成立済》。
この杉並公会堂以外では、福島県は国見町に所在する観月台文化センターのホールにもベーゼンドルファーのピアノが入っている他、私自身がネット上で確認出来る範囲内で見ましても、首都圏及び「関西圏とその周辺」に於いて、以下に列挙する文化ホールにベーゼンドルファーのピアノが入っています。
【首都圏】 ◆ サントリーホール…インペリアル 《他にスタインウェイD型》 ◆ 東京芸術劇場…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIII》 ◆ 東京オペラシティ…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIII》 《ベーゼンドルファーはアンドラーシュ・シフ選定による》 ◆ 浜離宮朝日ホール…MODEL275(旧機種) 《他にスタインウェイD型(黒・木目)》 ◆ 新宿文化センター…形式不明(フルコンサート仕様) 《他にスタインウェイ、ヤマハ(何れもフルコン仕様)》 ◆ ティアラこうとう(江東公会堂)…形式不明 《他にスタインウェイ》 ◆ 常陽藝文センター(水戸市)…インペリアル ◆ セレモアコンサートホール武蔵野…Model 225 《ヨハンシュトラウスモデル》 ◆ 横浜みなとみらいホール…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIIIS等》 ◆ 八ヶ岳高原音楽堂…形式不明 |
【関西圏とその周辺】 ◆ 富山オーバードホール…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIIIS》 ◆ 愛知県芸術劇場コンサートホール…インペリアル 《他にスタインウェイ、ヤマハ、グロトリアン》 ◆ 京都コンサートホール…形式不明 《他にスタインウェイ、ヤマハ、カワイ》 ◆ 青山音楽記念館(バロックザール)…インペリアル 《他にスタインウェイD型》 ◆ いずみホール…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIIIS》 ◆ イシハラホール…インペリアル 《他にスタインウェイD型》 ◆ いたみホール…MODEL275(旧機種) 《他にスタインウェイD型》 ◆ 兵庫県立芸術文化センター…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIIIS等》 ◆ 岡山シンフォニーホール…インペリアル 《他にスタインウェイD型、ヤマハCFIIIS、カワイEX》 ◆ 岡山市民文化ホール…形式不明 《他にヤマハG5》 |
【入っていることが推測される文化ホール】 (施設側による公開が無いが他サイトから推測可能なもの) ◆ 東京文化会館 …『スタインウエイとベーゼンドルファー 横山幸雄』 ◆ オーチャードホール …『10人のピアニスト The Live Concert3』 ◆ 文京シビックホール …『「題名のない音楽会21」公開収録。』 ◆ ザ・シンフォニーホール …『大阪シンフォニカー交響楽団・第72回定期演奏会』 ◆ 宝塚ベガホール…『宝塚』 |
更に『かわいそうなベーゼンドルファー(その1・その2)』及び『2006-12-18 - 本を積む日々』によると、新潟県内にある以下列挙の文化ホールにもベーゼンドルファーのピアノが入っているとのこと。
◆ 村上市民ふれあいセンター ◆ 聖籠町文化会館 ◆ 新潟県民会館 ◆ 新潟市音楽文化会館 ◆ 新潟勤労者総合福祉センター(新潟テルサ) ◆ 新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ) ◆ 長岡市中之島文化センター(マナビィプラザなかのしま) ◆ 長岡市栃尾市民会館 ◆ はーとぴあ中郷 ◆ 見附市文化ホール(アルカディア) |
また、以上列挙した文化ホール以外にも、地方への補助金バラマキ等により、ベーゼンドルファーを購入した公立文化施設が幾つか存在し、その中にはピアノの発表会程度しか使われていない等、いわば「宝の持ち腐れ」状態になっているものも少なからず存在していることが明らかにされている他、文化ホールの類以外にも焼肉屋や和食屋にもベーゼンを入れているケースがあることも紹介されています。
ついでに言うならば、マイクロソフト(MS)最大のライヴァル、アップルの共同設立者の一人、スティーブ・ジョブズもベーゼンのピアノを保有しているとか・・・
それにしても、全て手作業で製作されるベーゼンドルファーのピアノ、創業以来今日に至るまでの総生産台数がヤマハの100分の1、スタインウェイの10分の1にあたる5万台足らずにとどまり、価格もヤマハのフルコンサーとの5倍程度するにもかかわらず、首都圏等の大都市圏に所在する音楽専用ホールに入っていてそれなりに使われているものならまだしも、地方の公立文化施設で殆ど使われぬままホコリを被るものもあるというのは、ちょっと哀れとしか言いようがないし、税金の無駄遣いと叩かれても仕方のないところでしょうネ。
ピアノ本体を一つの楽器として全身を使って響かせるよう造られているオーストリアの名門ピアノ製造元ベーゼンドルファーのピアノたち、その受け入れ先である文化施設等の姿勢一つで彼らが世界の名門ブランドのピアノとして輝きを見せるか否かが決まると言っても過言ではないと思います。
【関連記事(ベーゼンドルファーとヤマハ)】
「ベーゼンドルファー社、日本の楽器製造大手ヤマハに身売りへ・・・名門ピアノ、ベーゼンドルファーの話(1)」
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