マリス・ヤンソンス指揮オスロ・フィルによるドヴォルザーク『交響曲第9番ホ短調「新世界から」』(1997年8月)
ちょっとここのところ、正直言って、少し気分がすぐれません。
このブログのプロフィール・ページの中にある自己紹介文の中で、「まだ診てもらっていないのですが、どうも『アスペ』(AS)の気(ケ)がある男です。そのため、人の輪の中にはいるのがとても苦手なところがあります・・・」と記しているのですが、その状況は現在でも何ら変わりありません。
で、先ほどまでNHK教育テレビで放映されている『ハートをつなごう』のWebサイト(福祉ポータル)『ハートネット』内にある『ハートネットボイス』というコーナーの中にある「成人の発達障害者の自立へのサポートとは?」の項目のところをずっと眺めていました。
眺めていくうちに、これまで辿ってきた人生の「道のり」に違いはあるものの、私がこれまで抱え続けてきている悩みとどこか一致するところがありそう、と思ったりしました。
更に、私自身がブラウザの「お気に入り」(ブックマーク)に幾つか入れている発達障害関連のWebサイトから、診断基準等を眺めたりしていたのですが、やはり発達障害と診断される要件として挙げられている項目のほぼ半数が当てはまりそうな印象をも受けました。
まぁWebページを眺めていて納得しているだけでは前に進まないことはわかっているつもりなのですが、仕事を辞してから1年半以上経過した現在でも、診察を受けることはおろか、その発達障害の診察を受けてもらえる医療機関を探すことすらしてきませんでした〔診察を受けてもらえるまでにかなり長期間待たされる等といった話や、診察の際に子供の頃の生育歴等をはっきりさせなければならないとの話を耳にしていて、私自身が億劫になっていました(両親が高齢で体が思うように動かないことや理解の有無の問題等でもブレーキになっていたような感じがします)〕。
ただ、この先、自分一人でもきちんと生きていけるようにしようと考えた場合、現状のまま隠し続けていると、どこかで必ず後悔することになるんじゃないかな、なんて思うようにもなってきています《後悔するだけで済めばまだしも、経済的に困窮する等して本当に生きていけなくなる可能性も出てきかねませんので》。
どこかでちゃんとケリをつけておかなくっちゃ、そう考えている次第デス《考えるだけならば容易なのですが、いざ実行という段になるとなかなかそうはいかない悲しさ・・・》。
私の知り合いの「第九」仲間で、鬱病持ちである上、2年近く前にはアスペルガーの確定診断も受けている人がいるので、まずはその人に相談してみながら、関係機関にも相談を持ちかけてみて(主に医療機関探しの面で)、少しずつやっていきたいな、と考えているところです。
こう言ってもなかなか体が思うように動かないのが私の悪いクセなのですが、「急がず止まず」で、ちょっとずつでもやっていきたいと思っています《でも親の出方次第でどうなるかわからないし…》。
私事の前置きとなってしまい申し訳ありません。ここで本題に入ります。
前回はマリス・ヤンソンスが指揮するオスロ・フィルハーモニー管弦楽団による鉄オタ作曲家アントニン・ドヴォルザークの『交響曲第8番ト長調作品88』を聴いてみましたが、今回は同じくヤンソンス指揮のオスロ・フィルによるドヴォルザーク演奏で、今度は最も有名な『交響曲第9番ホ短調作品95「新世界から」』を聴いてみました。
今回耳にした演奏というのが、10年以上前にあたる1997年8月9日(当該年のザルツブルク音楽祭期間中)にザルツブルクのフェルゼンライトシューレで開かれたヤンソンス=オスロ・フィルの公演に於ける演奏で、この年のうちにNHK-FMで放送された『ベストオブクラシック』の枠内でとり上げられたものです。
言うまでもないことですが、ここで言う”新世界”とはアメリカを指します。
この楽曲のウィキペディア解説によると、作曲されたのはドヴォルザークがアメリカに滞在していた1893年のことで、ドヴォルザーク自身が現地で接したアメリカの黒人の音楽が故郷ボヘミアの音楽に似ている(正確には黒人霊歌特有の五音音階や切分法と、故国ボヘミアや特にハンガリーに影響を与えているマジャール民族音楽との類似性に気付いた)ことに刺激を受けて「新世界」アメリカから故郷ボヘミアへ向けて作られた作品とも言われています。
この年の12月15日に出版され、その翌日(12月16日)にはニューヨークのカーネギーホールにて、ハンガリーの指揮者アントン・ザイドルの指揮するニューヨーク・フィルハーモニックによって初演され、大成功を収めたとされています。
全体は以下の4楽章からなっています。
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第1楽章 Adagio - Allegro molto 《ホ短調・4/8拍子・序奏付ソナタ形式》 第2楽章 Largo 《変ニ長調・4/4拍子・複合三部形式》 第3楽章 Scherzo (Molto vivace) 《ホ短調・3/4拍子・複合三部形式》 第4楽章 Allegro con fuoco 《ホ短調・4/4拍子・序奏付ソナタ形式》 |
なお、第1楽章の提示部の中で出てくる第2主題(ト短調・フルートとオーボエによる)は黒人霊歌を思わせる旋律となっていて、また第4楽章の提示部の中で出てくる第2主題〔クラリネット(A管)とフルート、及びチェロが主体〕では前回聴きました『交響曲第8番ト長調』の第1楽章に出てくる第1主題の副旋律(ちなみに第8交響曲ではチェロが担当している)の影響を強く受けているとみられ、ドヴォルザークの故郷への切なる想いを知らしめる絶大な効果を持つとされています。
で、今回紹介しているヤンソンス指揮の演奏を聴いてみました。
前回の記事で紹介したヤンソンス指揮による第8交響曲の演奏を聴いた際には「程よいアゴーギクで」という言い方をしましたが、その第8交響曲のいわば2ヶ月前に演奏された今回の「新世界」交響曲でも全体として程よいアゴーギクで終始していた印象を抱きました(演奏途上で大きくテンポを変えることなく、比較的ストレートな感じ)。
第1楽章の出だしからメリハリの利いた、しかも勢いを感じさせる前向きな演奏で、強弱を効果的に使うことによっても音に勢いを持たせていたような感じで、当時ドヴォルザークが滞在していたアメリカの彼自身が感じ取った雰囲気というものをストレートにぶつけてくるような印象を抱きました。
「家路」のメロディーとしても知られている第2楽章では、イングリッシュホルンが受け持つ主部の主題(「家路」のメロディー部分)のところで、あまり抑揚を付けずに物静かに語っているかのような印象を受けました。
ここで余談になりますが、私自身の小学生時代に通っていた小学校の下校時の校内放送でもこの「新世界」交響曲第2楽章の前半部分がそのまま流されていました《尤も演奏者等知る由もありませんが…》。
第3楽章はわりとオーソドックスなテンポの取り方をしていた感じでしたが、それでも緩急のメリハリを利かせた演奏で、ことに”急”の箇所では強弱の使いかたで更に勢いを高める効果を引き出していました。
そして終楽章になるわけですが、ここでは概ねレガート基調で第1主題を歌い上げており、どこかウィットに富んだ感じのメロディー運びとなっていたような印象を受けると共に、ちょっと極端なディナーミクの利かせ方をしていたとも感じています(極端とは言ってもメリハリを利かせるための一種の方便としてそうしていることでしょうが…)。
あと、曲全体を締めくくる長大なディミヌエンドでは発した時点の強さから徐々に弱らせていった(ディミヌエンドした)ためかなりの長さになっていたことも印象的でした。
なお、第3楽章と第4楽章(終楽章)については、聴き方によっては、蒸気機関車をイメージさせてくれるとの見方も存在します《→『ドヴォルザーク「交響曲第9番「新世界より」」(Symphony No.9, Dvorak)』》。
強弱、そして緩急のメリハリをつけながら勢いを持たせた演奏、それでいて澄んだ音色で歌い上げられるメロディ・・・う~ん、ドヴォルザーク自身のアメリカで受けた印象と望郷の想いを思いっきり語ってくれた、そんな感じがしますね。
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「マリス・ヤンソンス指揮オスロ・フィルによるドヴォルザーク『交響曲第8番ト長調作品88』(1997年10月、ウィーン)」
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