「第24回国技館5000人の第九コンサート」合唱参加&乗り歩き旅・・・(2)いよいよ国技館入り《リハーサル》
私自身にとっては4年ぶりの合唱参加となりました東京・両国の国技館に於ける「第24回国技館5000人の第九コンサート」でありますが、これの絡みで、去る2月22日夜から25日にかけて「大阪~東京」間の往復旅程を組んだ上で実行に移していました。
その全旅程について、前回から順次振り返ってきているのですが、2回目となる今回は都営地下鉄両国駅をスタートしてから「5000人の第九」の公演会場である国技館に入場するところまでを振り返ってみたいと思います。
◎ 構想段階では・・・
寝台急行「銀河」の東京到着は06:42、そのあと秋葉原駅構内で朝食を済ませてから総武緩行線電車で両国に移動し、下車後地元の高校生たちと共に都営地下鉄両国駅に徒歩で向かい、荷物を預けるため同駅構内のコインロッカーの前に立ったのが07:45頃。
「5000人の第九」公演会場である国技館に於けるリハーサル(発声練習)開始時刻が14時と発表されていたことから(ちなみに合唱団員入場開始時刻は12時)、私に与えられていた時間は最大で約6時間でした。
この「5000人の第九」リハーサル開始までの間合いに於ける過ごし方というのが今回の「大阪~東京」間往復旅程の中で最大の懸案事項の一つとなっていたものでありました。
それで、現在の私自身の経済事情から、今回の東京滞在にあたっては可能な限り節約パターンでいこう、と考えていたこともあり、そこからふと思いついた「都立図書館巡り」でリハーサル開始までの時間を過ごそう、と当初は考えていました。
で、旅行出発前にインターネットを使って東京都立図書館について調べてみると・・・
◆ 都立中央図書館 《〒106-8575 東京都港区南麻布5-7-13》 ◆ 都立日比谷図書館 《〒100-0012 東京都千代田区日比谷公園1-4》 ◆ 都立多摩図書館 《〒190-8543 東京都立川市錦町6-3-1 (東京都多摩教育センター内)》 |
上記列挙の3館のうち、都区内に所在する中央図書館と日比谷図書館の2館をハシゴすることでリハーサル開始までの一時を過ごそうと考えていました。
これら2館を巡るだけだったら『東京地下鉄一日乗車券(発売額710円)』又は『東京メトロ・都営地下鉄共通一日乗車券』(発売額1,000円)を用意しておくことで手軽にまわれるところですね《2館とも地下鉄(特に東京メトロ)沿線にあるため》。
ところがその都区内に所在する2館は共に開館時間が10時となっているため、開館までの一時をどうやって過ごすかを別途考える必要が出てくる上に、唯一都区外にある都立多摩図書館に於いては、折しも、来月5日まで『鉄道とまち』と題した鉄道に纏わる企画展示が行われていることが判明する等、次から次へと頭を抱えてしまう要素が出てきます。
そこへもう一つ、都電(都電荒川線)への初乗車、というのも急浮上してきました。
この案ですが、正直に白状すると、女優の史絵.(shie)嬢〔→『鉄道ファン(鉄道マニア、鉄道オタク)の女性有名人たち・・・・・・私家版鉄道ファン人物一覧(6)』に登載〕に感化されたことによるものでありますが、折しも来月30日に開業予定の都営新交通システム「日暮里・舎人ライナー」のPRのためのラッピング車両が2両走っている時期にもあたっているため、そのスクープを兼ねて乗っておくのも面白そう、と考えるようになり、都立図書館巡りと共に、国技館に於ける「5000人の第九」リハーサル開始までの時間つぶしのネタの一つとして組み入れることとなりました。
で、実際どうだったか・・・次項にて顛末を記してみたいと思います。
◎ 実際の顛末・・・
『東京メトロ・都営地下鉄共通一日乗車券』を券売機で購入し、余分な荷物をコインロッカーに預けた私はその『1日乗車券』で改札をくぐり、ホームのある階へと降りていきました。
ホームに降りた私は、携帯をいじくり回しながら、この後どうしようか、と思案、結局、せっかくここまで来たのだから・・・と、折しも鉄道に纏わる企画展を開いている都立図書館の中で唯一都区外にある多摩図書館へと足を運ぶこととなりました。
両国から一駅南に下った森下で降り、ここで都営新宿線に乗り換え、そのまま京王線に出ることに。
森下駅の都営新宿線ホームに降り立つと、まず笹塚行き普通電車が来るような行先表示が出ているものの、この電車は3つ先の岩本町で後続の急行に抜かされるとの案内が出ているので、これを敬遠し、次来る急行に乗っていくことにしました。
なお、笹塚は都営地下鉄の新宿駅から京王地下新線に抜けた後、京王の新宿駅からの京王従来線とが合流する駅です。
都営新宿線用の車両でやって来た普通電車1本を見送った後に来る急行は10両編成の橋本行で(ここでいう「橋本」とは、勿論和歌山県の橋本駅のことでは無く、神奈川県内にあってJR横浜線との接続駅にもなっている橋本駅のことを指します)、入ってきたのは京王の最新型車両のようで、私は先頭車両最前部に乗り込み、同じ場所に乗り合わせていたひとりの小学生の男の子を前にして少し後ろのほうから前方を眺めたりしていました。
そして次の停車駅・馬喰横山でその男の子が降りていった後は運転室後ろのガラス面に移って前面かぶりつきの体勢(ちょっと斜めだが…)となり、岩本町で待避していた先行の普通電車を追い越す場面や新宿で京王の運転士と交代する場面(交代して新宿を発車してから笹塚に着くまでは、急行であるにもかかわらず運転席モニターに表示の列車種別はなぜか「普通」→笹塚までは各駅停車だからか)等を眺めながら、都営新宿線区間からやがて別料金が発生する京王線区間へ・・・
京王線内では、朝のラッシュ時に丁度かかっているためか、暫く前方の列車が詰まっている状態で半ばノロノロ運転になっていたりもしたものの、高尾方面への分岐駅である調布あたりまでくると大分スムースになり、調布で高尾方面への線路と分かれた後はスムースな走りを見せ、やがて小田急線の線路が現れて暫く並行した後、京王多摩センターに到着。
京王多摩センター駅ホームに降り立った私は早速ここまで乗ってきた京王車両にデジカメのレンズを向けると共に、初めて見る多摩都市モノレールの駅施設や橋本方面からやって来た京王車両、そして並行する小田急線を走る小田急電車にもレンズを向けていました。
中でも小田急線の唐木田方面からJR東日本E233系ベースの2代目4000形(新4000形)電車が小田急多摩センター駅に入ってきた際には、同駅の新宿方面ホームで待っていた、教員(と思しき人)に引率された小学校低学年の子たちとみられる一団(遠足か?)が一斉に歓声を上げているのが京王多摩センター駅のホームにいた私の耳にも聞こえてきました。
のりこし精算機で受け付けなかったためガラス張りのブースのような感じの造りをした有人改札口でのりこし精算を済ませた私は(それにしても京王多摩センター有人改札口に詰めている駅員氏、私のような地下鉄の1日乗車券の客にも慣れた手つきでのりこし精算をしてくれるんだなぁ…)、次に乗る多摩モノレールの駅舎を探すも、駅コンコースに多摩モノレールのりばを示す標識が何処にも無く、駅舎の外に出てみて初めて多摩モノレールの駅舎を見つける有様・・・
駅舎の写真撮影を済ませた私はその足で多摩モノレールの多摩センター駅に向かい、都立多摩図書館最寄りとなる柴崎体育館までの乗車券を購入(350円)、停車していたモノレール4両編成に乗り込みました。
モノレールは全般的にゆっくりとしたスピードで北上、大学のキャンパス等を縫うようにして走り、ことに甲州街道駅から下車駅である柴崎体育館駅にかけての区間はほぼL字状に走る格好で、甲州街道を発車して間もなく進行方向右手方向に見えるほぼ直角方向(厳密には直角ではないらしいが…)に伸びるモノレール線路とその先にある柴崎体育館駅舎の眺望は、ある意味、絶品ものといえるかも知れませんね。
で、都立多摩図書館最寄りとなる柴崎体育館で下車・・・と、ここで重大なことに気付きます。
柴崎体育館駅から都立多摩図書館までの間の地図データ(を印刷させた紙)を持ってきておらず、しかも都立多摩図書館までの道順等をインプットしてこなかったため、果たしてどの道を通ればいいのかがわからず、一時は途方に暮れたりしました。
でも、ここまで来た以上、多摩図書館行きをあきらめては全てが水の泡・・・そう考えた私は、とにかく行ってみよう、という気になり、唯一覚えている駅南側を走る新奥多摩街道を辿りながら探すこととなりました。
尤も、実際は一部区間で遊歩道を歩いたりもしましたが・・・
新奥多摩街道を暫く歩いていると、前方に歩道橋が見えてきて、その歩道橋には「立川市錦町6丁目・・・」等とペンキで大書きされているのが見えました。
「立川市錦町6丁目」・・・そういえば都立多摩図書館の所在地も立川市錦町6丁目だったなぁ、と気付いた私自身(実は柴崎体育館駅に着いてから手持ちの携帯で都立多摩図書館の所在地を確認していました)。
目指す多摩図書館はこの一帯の何処かにある・・・地図データを持ち合わせていなかった私は、最後の手段として、住居表示のみを頼りに探すこととし、新奥多摩街道から街中へと入りました。
電柱等に表示されている住居表示、特に丁目表示の次に来る番地表示に注目しながら街中を歩いていった私・・・途中、立川市と国立市との境界線上を歩いたりする等、かなり遠回りとなってしまいましたが、一方で郵便局を偶然発見しては払込の用事をちゃっかり済ませてしまったという”副産物”にも遭遇したりしているうちに、ついに目標の都立多摩図書館(東京都多摩教育センター)に辿り着くことが出来ました。
中高層ビルの中のワンフロアに開設されているとイメージしていた私でしたが、そこにあったのはいかにも図書館と思わせるような外観・・・そして、時間帯のせいもあったかも知れませんが、あまり人がおらず、静かだったのも印象的でした。
多摩図書館の入っている多摩教育センターの正面玄関から中に入ると、左手斜め前方に「東京都立多摩図書館」の表示が見え、それに従って進んでいくと多摩図書館の入口が見えてくるわけですが、その入り口横に「入館証が必要」との文字が目に入って思わず一歩引いてしまった私・・・でもどうやら予め取得しておくものではなく、入口横のカウンターに詰めている図書館員に聞いてみると、入館時に番号の入ったプラスティックの入館証(番号入りタグのイメージでいいかも…)を受け取って中に入り、退出する際にその入館証を返却して外に出るというシステムだそうで、ホッと一安心・・・
なお入館証に番号が入っているのは、書庫に収蔵されている図書の閲覧を請求する際に必要、とのことです。
そして、目当ての「鉄道とまち」企画展というのは入ってすぐ左のスペースを使って開かれていたのですが、見た感じ、どうやら所蔵図書の中から関連する図書類をピックアップして集中展示するというもののようででした。
けれども、展示されていた図書の中には、今度の企画展の趣旨に沿っていそうな多摩地域に於ける鉄道のことが記された書籍は勿論のこと、新幹線の歴史の節目(新規開業・岡山延伸時・博多延伸時)毎に発売された当時の鉄道趣味誌(『ピクトリアル』誌など)や、なくなりつつある夜行寝台「ブルートレイン」に纏わる書籍類、そして駅に纏わる書籍類等がカテゴリ毎に区切られる形で展示されていて、貴重な図書と出会うことが出来、ほぼ満足という印象でした。
また、関連所蔵図書の展示のみならず、例えば多摩地区に於ける鉄道の歴史を解説した小型パネルの展示も見られましたが、そのパネルには、申請しては却下されてきた数多くの「幻の鉄道」がある中で国鉄八高線が誕生した・・・等の記載が見られました。
そのくだりを目にした私は、何処かの鉄道専門誌(たしか鉄道友の会の会誌『RAIL FAN』だったか…)に、昔、多摩川流域の砂利の運搬用に敷設された専用鉄道が存在していたという話を紹介する記事が掲載されていたことを思い出しましたが、そうやって多摩地域は発展し、やがて東京との関係も深めていったんだろうか、とその小型パネルを眺めていて感慨にふけていた私・・・
なお、多摩川流域に於ける砂利運搬の話については『多摩川の砂利採取』や『多摩川歴史さんぽ(各地区共通) ~多摩川・秋川の砂利採取と輸送』でも読むことが出来るのですが、明治時代から大正、そして昭和の初期・中期(1964年頃まで)にかけて、多摩川の砂利は東京の街作りに大きく貢献していたみたいですね《明治時代には鉄道敷設の際のバラストとしても使われたとのことですが、これは私も初耳でしたね・・・》。
しばらくその「鉄道とまち」と題された企画展のスペースで粘っていた私でしたが、ふと館内の時計に目をやると、まもなく正午を指そうとしているのが見えました。
もうそろそろここを出なければ国技館に於けるリハーサル開始に間に合わないかも・・・とぼんやりながら思い始めていた私でしたが、せっかくこの図書館に来たのだから、他のところも、という気持ちのほうが勝っていたのか、私は「鉄道とまち」企画展スペースを離れると、新聞の閲覧スペースのほうに向かい、そこで日本経済新聞の最新日付分〔といってもその時点では昨日(2月22日)付が最も新しかったのですが…〕をパラパラとめくりながら、コラムに掲載されている気に入った言葉を手持ちの紙切れに写し取ったりして過ごしていましたが、再び館内時計に目をやると12時10分過ぎを指しているのが見え、さすがにこれはヤバい、と思うようになり、私は閲覧していた日経新聞を元のところに戻し、そして企画展スペースの中を通ってカウンターに向かうと手持ちの入館証を返却し、都立多摩図書館を出ました。
そして多摩教育センターの施設外観の撮影を少し行った後、静かなたたずまいのこの施設に別れを告げ、一路多摩モノレールの柴崎体育館駅へと少し足早に向かったのでした。
当初はここの他にも都心部の都立図書館や都電荒川線も訪れるつもりだったのが、結局この多摩図書館訪問だけでお終い、という格好となってしまいましたが、それにしても時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうんだなぁ・・・
玉川上水方面に行くモノレール車両を望みながら来た道を急ぎ足で戻っていた私は、12時半頃、多摩図書館最寄りの柴崎体育館に帰着、長めの上りエスカレーターできっぷうりばに向かうと玉川上水までのきっぷを購入、改札を通って北行ホームへと向かいました。
両国駅出発時に思い描いていた多摩図書館との往復ルートとして、両国からの往路は都営新宿線から京王線を通り、多摩センターからモノレールで柴崎体育館で下車という道筋で、そして両国に戻る復路はそのモノレールで更に北方向に乗っていって玉川上水で下車、そこで西武線に乗り換えて新宿区内にある中井という駅まで行き、更にそこで都営地下鉄大江戸線に乗り換えてそのまま両国に向かうという道筋で、それぞれ考えていました。
結局はこの通りのルートで往復したわけですが、多摩図書館からの帰り道で焦り、一時、立川から素直にJRで戻ったほうがいいのでは、と考えることもありましたが、JRを使わないで戻る、というこだわりのほうが勝り、最終的には当初思い描いていたルートの通りに戻ったわけですが・・・
柴崎体育館から乗ったのは12:37発の上北台行で、急カーブの直前には極端にスピードを落とす等、全般的にゆったりとした走りで北上、やがて下車駅である玉川上水に着くと、下車していく人々に混じって少々急ぎ足で改札をくぐり、次いで隣接する西武線の玉川上水駅舎に入ってきっぷを購入し、改札くぐってホームへ。
玉川上水からの西武線は「西武拝島線」となっていて、この路線名を目にした私はローカル線ぽいイメージを抱き、本数が少なそう、と不安を抱いたものでしたが(凄い偏見…)、いざ西武線の玉川上水駅改札をくぐってみると、今度の電車は約4分後に来る西武新宿行き急行電車だったのでホッと一安心・・・というのもつかの間、急行だと次の乗り継ぎ駅である中井には停まらず、直前の急行停車駅である鷺ノ宮で各駅停車に乗り換える必要が出てくることが判明、でも「急行」ということもあり、行けるところまで行ってみよう、ということで入線してきた急行西武新宿駅に乗り込みました。
その玉川上水から乗車した急行西武新宿行で使われていたのが2000年にデビューした西武の20000系電車・10両編成(最後尾車両の車番「20003」)で、先頭車両最前部でかぶりつきしながら運転台を眺めてみると、速度計は国鉄時代から走り続けているJRの電車に於いて使われている日立の電車速度計(数字や速度単位表示のフォントが独特)が使われているみたいでした。
西武新宿線との合流地点である小平を通り、そこから新宿方に2駅行った田無までは各駅に停まり、田無から急行運転に入るわけですが、田無で田無始発の各駅停車の電車に接続していた他、上石神井~鷺ノ宮間にある井荻という駅でも各駅停車の電車を待避させているのが見えました。
そして鷺ノ宮に到着・・・下車して2~3分待っていると、井荻で待避していた各駅停車西武新宿行(初代2000系電車8両)が入ってきたので乗車、5駅目にあたる中井で下車し、ちょっと車両前面を撮影した後すぐに人の列に続く形で改札を出ました。
しかし次に乗る都営地下鉄大江戸線・中井駅の出入口らしきものが何処にも見あたらないし、そこへの誘導(案内)表示も見当たらない・・・結局人の流れに乗る形で南方向に少し歩いたところにある大江戸線・中井駅に辿り着けたわけですが、地元民やここを通る通勤・通学者でなければ迷う人も出てきそうな予感・・・
この都営地下鉄中井駅から、中断していた『都営地下鉄&東京メトロ一日乗車券』の使用を再開した私・・・その地下鉄中井駅ホームに降りたち、掲出されていた各駅の所定所要時間一覧を見た私はそこで、こりゃ「5000人の第九」リハ開始に間に合わない、遅刻確定だなぁ、とガックリ《まぁ自業自得ですけれどもね…》。
両国方面へは都庁前で乗換、との案内表示を目にしながら入線してきた都庁前方面に行く電車に乗り込んでいざ出発・・・都庁前に着くと同一ホームの反対側に停車していた両国方面に向かう電車に乗り移り、そして発車したわけですが、次の新宿西口の車内アナウンスで「西武新宿線」のアナウンスを耳にした時、しまった、その手もあったのか…と後悔しきり。
つまり、何も無理して鷺ノ宮で各駅停車に乗り換える必要はなく、玉川上水から乗ってきた急行西武新宿行でそのまま終点の西武新宿まで乗っていってしまっても大江戸線への乗り継ぎが可能なわけで(事実、乗り継ぎで歩く距離もさほど長くなさそう)、しかもそのほうが両国までの駅数も少なくて済むし、遅刻幅も小さくできた・・・まぁ地元民でない上に初めての経験だった故のことと言ってしまえばそれまでかもしれませんが、それにしても凄く悔しかったですね、これは。
うとうととしながら電車は両国に向かってひた走り、ふと気付くと「両国」の駅名標が目に入ったため、慌てて降りた私・・・地上に出てからは急ぎ足で国技館に向かったものでしたが、どうやらこの時間帯でも国技館に向かっているであろう人がいるみたいで、少し安堵感を抱きつつ、公演会場である国技館の北側通用門へ向かい、少ないながらも国技館に入っていく人の流れが続く中を手持ちの会員証を見せながら中に入ったのでありました。
それにしても、東京到着時から国技館に於ける「5000人の第九」リハーサル開始までの間の時間の読みの甘さというものを、そして時間はあっという間に経つものであることを、つくづく思い知らされた一時デシタ・・・
今回はこのあたりまで。
次回は「5000人の第九」前日リハーサルからこの日の終わりまでの出来事について振り返ることにしています。
<(_ _)> お読み下さってありがとうございます <(_ _)>
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(3)前日リハーサル&「世界第九サミット」
(4)本番当日、国技館本番そして終演まで
(5)「ティアラこうとう」での無料演奏会
(6)下り「銀河」で東京をあとに大阪へ
(7)「銀河」を降りて紀伊勝浦まで
(8)紀伊勝浦から「南紀」、そして自宅に帰着
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「東京「国技館5000人の第九コンサート」2008年(第24回)開催分の関連リンク集」《2009年開催「第25回5000人の第九」関連諸ページへの中継ページ》
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