ハンス・フォンク指揮ケルン放送交響楽団によるメンデルスゾーン『交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」』(1996年)
来る2月24日(日)に東京・両国の国技館で行われる予定の「国技館5000人の第九コンサート」に向け、いよいよ明日から国技館に於けるリハーサル等で構成される2日間にわたる「5000人の第九」全スケジュールがスタートとなります。
全スケジュールの具体的内容についてはこちらを参照して頂くとして、これに先立つ形で、私自身、今日の夜に大阪駅を発車する寝台急行「銀河」で東京に向かいます。
本ブログで何度も申し上げていますが、「5000人の第九」への合唱参加は2004年以来4年ぶりのことで、今回タクトを執ることになっている円光寺雅彦は私にとっては初めての顔合わせとなります・・・
と、これまで言い続けてきましたが、ふとネットで調べているうちに、私自身が広島の「第九ひろしま」に初めて参加した1996年に既に円光寺と顔合わせをしていたみたいであることが判明しましたが、その時のことが殆ど記憶に残っていなかったため(どのような「第九」づくりをしていたかも含めて)、今回の顔合わせを以て「初顔合わせ」と思い込んでいました。
ゴメンナサイ・・・
それはさておき、かつての東ドイツに存在していた唯一の国営企業レーベルのドイツ・シャルプラッテン(日本では徳間ジャパン、その後キングレコードを通じて流通)、そしてDENONレーベルを通じてその名を知るところとなったドイツの指揮者オトマール・スウィトナーの門下生でもある円光寺雅彦がどのような音楽作りをしてくるのか、改めてしっかりと立ち会ってきますね。
で、朝からぼちぼちと準備に取りかかっているところなのですが、そんな中で、今回はメンデルスゾーン作曲の『交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」』について書いてみたいと思います。
メンデルスゾーンはその生涯に5つの交響曲を残しているのですが、その中で最も親しまれているのがこの『交響曲第4番「イタリア」』とのこと。
しかしながら、楽曲の完成順でいくと、この「イタリア」交響曲は”第3番”となってしまうのだそうで、その後『交響曲第2番「賛歌」』、『交響曲第3番「スコットランド」』と続くとのこと・・・知りませんでした、これは。
で、この「イタリア」交響曲ですが、1830年秋から翌1831年にかけてメンデルスゾーン自身がイタリアを旅していた最中に楽曲スケッチを描き始め、ドイツに帰国してから本格的に曲を書き始めた模様で、1833年3月に全曲が完成、この時作曲を依頼してきた英国ロンドンのフィルハーモニー協会に演奏会用序曲『フィンガルの洞窟』と共に送付、同年5月13日にロンドンに於いてメンデルスゾーン自身の指揮により初演されて大成功を収めるも、暫くして当の彼自身がこの「イタリア」交響曲の出来に不満を抱くようになり、1838年に改訂稿(第2稿)を書き上げたものの、その後も折に触れて改訂の筆が加えられ続け、結局は出版されることなく彼はこの世を去ってしまいました。
現在『交響曲第4番イ長調「イタリア」』として一般的に演奏されるのは1838年までに書き上げられた改訂第2稿の楽譜を使ったものだそうです。
なお、メンデルスゾーンの故国であるドイツに於けるこの「イタリア」交響曲の初演は彼の没後約2年が経過した1849年、ライプツィヒのゲヴァントハウスに於いて、メンデルスゾーンとほぼ世代を同じくして親交の深かった作曲家ユリウス・リーツ(1812 - 1877)の指揮により行われたそうで、この更に2年後(1851年)にようやく出版の運びとなった、と伝えられています。
ところで、このメンデルスゾーンの『交響曲第4番「イタリア」』は以下に示す4楽章で構成されています。
|
第1楽章 Allegro vivace 《イ長調・ソナタ形式・6/8拍子》 第2楽章 Andante con moto 《ニ短調・自由な三部形式・4/4拍子》 第3楽章 Con moto moderato 《イ長調・三部形式・3/4拍子》 第4楽章 Saltarello; Presto 《イ短調・サルタレロ(舞曲)風・4/4拍子》 |
この「イタリア」交響曲は長調(イ長調)で始まり短調(イ短調)で終わるという楽曲構造のため、私自身もそのギャップが故に強く印象を焼き付けられたものですが、その短調で展開される終楽章こそ「イタリア」たらしめるものであることは今まで知りませんでした。
その終楽章、一度聴いただけでは正直わからなかったのですが、何度も繰り返し聴いているうちに、これこそメンデルスゾーンがイタリアのローマで直に触れたイタリアが生んだ民族舞踊の一つであり、まさしくイタリアの香りが凝縮された”カプセル”のようなもの、と思うようになりました《尤も、正確にはタランテラのリズムも楽章途中に含まれているそうですが…》。
さて、今回のメンデルスゾーンの『交響曲第4番イ長調「イタリア」』で私自身が接した演奏というのが、1998年4月18日にNHK-FMで放送された『ベストオブクラシック』の中で紹介されていた、去る1996年6月28日にドイツはケルンのフィルハーモニー・ホールで行われたハンス・フォンク指揮ケルン放送交響楽団による公演に於ける演奏。
ハンス・フォンクは1942年6月18日に生まれて2004年8月29日に他界したオランダの指揮者で、日本にも客演のため度々来日していたそうで、1999年には読売日本交響楽団を、2001年にはNHK交響楽団を、それぞれ指揮して聴衆から好評を博していたとか。
そんなフォンクがケルン放送交響楽団を指揮して演奏したメンデルスゾーンの「イタリア」交響曲ですが、全体を通して、幾分伸ばし気味とでもいいましょうか、一音一音に十分な歌心を持たせているかのような印象を抱きました。
感情の起伏もしっかりと浮き立たせ、音程面でも若干上加減に少し”撥ねる”ような感じで弾かせているような感じで、ロマン派の楽曲ならではといいますか、水墨画の如く、角を立たせぬよう十分気を配った指揮っぷりだったような感じですね。
アゴーギクも目立たぬ程度に抑えていたみたいだし・・・
変な書き方になってしまいますが、フォンクの指揮によるメンデルスゾーンの演奏を聴いていると、何だか落ち着いて物語に接しているかのようなイメージが湧き出て、何だか聴き手が一人で絵本や伝記を読んでくつろいでいるシチュエーションを思い描いてしまうところがあります。
ちなみに、これと対極の関係にあるのが、語り部が紙芝居を使って熱く朗々と語りながら話を進めているところを聴き手が眺めるシチュエーション・・・・・・といったところですね。
ハンス・フォンクは、晩年、筋萎縮性側索硬化症と闘っていたそうで、結局62歳でこの世を去ったわけですが、もう少し長く生きてタクトを振って欲しかったなぁ、なんてわがままなことをつい思ってしまう私自身なのでありました。
| 固定リンク
ベートーベン
歓喜の歌ドイツ語版(ショパン)
歓喜の歌~ベートーヴェン(混声)


コメント