ハインツ・ワルベルク指揮NHK交響楽団によるベートーヴェン『交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」』(1998年6月)
3日前(2月5日)、東京の「国技館5000人の第九コンサート」に纏わる半ばオムニバス風となってしまった記事を書いたわけですが、その記事を書いた翌日(2月6日)早朝に最寄りの集配郵便局に出向き、払込対応ATMを使って参加申込(規約上は”入会申込”)を済ませました。
私自身の「5000人の第九」への合唱参加は2004年以来4年ぶりで、円光寺雅彦指揮の下での合唱参加は初めてとなります。
オトマール・スウィトナー門下でもある円光寺指揮によるベートーヴェン「第九」(交響曲第9番ニ短調「合唱付」)の演奏・・・果たしてどういうものになるのやら、期待半分不安半分の私デス。
その「第九」の作曲者であり、私の好きな作曲家の一人でもあるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作品を1曲聴いてみました。
尤も今回は「第九」ではありませんけどね・・・
聴いたのは、1803年から1804年にかけて作曲された『交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」』。
この『交響曲第3番』ですが、フランス革命(1789年~1794年)後の世界情勢の中でベートーヴェンはかのナポレオンに共感を抱き(「権力に阿らない、自分の理想の英雄」のように感じていたとされている)、そのナポレオンを称えるような内容で曲を書き進め、「ボナパルト」の標題を付けて彼に献呈するつもりだったのが、曲の完成から間もなくしてナポレオンがフランス皇帝に即位するという知らせが届き、これにベートーヴェンが「あの男も所詮俗物だったのか!」と激怒、表紙に書かれていた標題部分をペンでかき消して「シンフォニア・エロイカ」と書き直した上、「ある英雄の思い出のために」というくだりも書き加えられた・・・というのが最も広く流布されている話といえるでしょう《ナポレオンへの献呈の辞を記した表紙を破いて捨てたとのエピソードも存在するが、ウィーン楽友協会に保存されている第3交響曲の浄書総譜には表紙を破いた形跡が無いことが確認されている模様》。
ところが、研究が進むにつれて、この逸話の信憑性に疑問を投げかけるようなデータ類が次々と明らかになっていき、その中で、実はベートーヴェンはナポレオンを終始尊敬していたのだが第2楽章が英雄の死と葬送をテーマとした書き方となっているためそのまま献呈するのは失礼と考えて「ボナパルト」という標題をかき消したのではないか、という説が飛び出したり、かき消した後に記した「シンフォニア・エロイカ」という標題に続いて書き加えられた「ある英雄の思い出のために」というくだりに出てくる”ある英雄”とはナポレオンのことではなく、プロイセン王・フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)の甥で1806年に勃発したイェーナ会戦(イエナ・アウエルシュタットの戦い)で戦死したルイ・フェルディナントのことではないか、といった説までも飛び出してきています。
1804年春に完成したこの『交響曲第3番』は、まず同年12月にロブコヴィツ邸にて非公開での初演が行われ、翌年(1805年)の4月7日にアン・デア・ウィーン劇場に於いてベートーヴェン自身の指揮で公開初演が行われたわけですが、先に記したフリードリヒ大王の甥、ルイ・フェルディナントはロブコヴィツ邸に於ける非公開での初演に立ち会っていたといわれています。
ここで余談になりますが、ウィキペディア解説「ルイ・フェルディナント・フォン・プロイセン(1772-1806)」によると、「英雄」交響曲の非公開初演に立ち会っていたフェルディナンドは、叔父にあたるフリードリヒ2世と並ぶ熱心な音楽愛好家で、かつベートーヴェンを崇拝していた一人でもあり、同じくベートーヴェンが書いた『ピアノ協奏曲第3番ハ短調』の献呈を受けるほどだったそうです。
「ある英雄の思い出のために」というくだりの中の”ある英雄”がそのフェルディナンドであるとする説は、もしかしてここから出ているのかも知れませんね《違うかも知れませんが…》。
そのベートーヴェンが書いた『交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」』は以下の4楽章から構成されています。
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第1楽章 Allegro con brio 《変ホ長調・3/4拍子・ソナタ形式》 第2楽章 Marcia funebre: Adagio assai 《(葬送行進曲)ハ短調・2/4拍子・小ロンド形式》 第3楽章 Scherzo: Allegro vivace 《変ホ長調・3/4拍子・複合三部形式》 第4楽章 Finale: Allegro molto 《変ホ長調・2/4拍子・自由な変奏曲の形式》 |
なお、第4楽章(終楽章)では主題に『創作主題による15の変奏曲とフーガ変ホ長調作品35(エロイカ変奏曲)』や『「プロメテウスの創造物」作品43』のフィナーレ部分等で用いられているメロディが登場してきます《尤も『「プロメテウスの創造物」作品43』フィナーレ部分にしても『エロイカ変奏曲』を基にしているらしいのですが…》。
で、今回聴いたのは約10年前の1998年6月24日にNHKホールで行われたNHK交響楽団第1357回定期演奏会に於ける演奏で、指揮を務めたのは1923年に生まれて2004年にこの世を去ったドイツ出身の指揮者で、生前N響を160回以上指揮したともいわれているハインツ・ワルベルク。
ちなみにこの演奏はNHK-FMの『ベストオブクラシック』の枠内で生放送されたものです。
私自身もワルベルクの名は知っているのですが、華々しく活躍しているダニエル・バレンボイムや小澤征爾らに対し、何となく地味な印象を禁じ得ないところがあるわけで、堅実派指揮者、なんていう言葉が似合うかも・・・
ワルベルクの演奏については、ネット上でも、派手さはないものの旋律線をしっかり描いたような職人肌的演奏、等といった評判も聞かれるところですが、確かに出だしからメロディーラインをしっかりと歌わせていて、それでいてメロディーラインを受け持つパート以外の旋律等もしっかり歌い上げさせている(勿論あまり出しゃばりすぎない範囲で、ということになるだろうが…)、そんな感じがします。
一方で、各パートとも極端に出しゃばらせずになめらかに歌わせているあたり、ヴェルヴェットのようななめらかな歌い方をもしていたような・・・
ティンパニの打法一つにしても、やたら音を放つようなたたき方ではなく勢いを感じさせながらも、適度に抑制を利かせながらたたかせるという、力加減も含め、これぞ”職人技”と思わせるようなたたき方をしていたような印象を受けました(まぁそれがプロたる所以だと言われればそれまでなんですけれどもね・・・)。
アゴーギクも緩やかで、ディナーミクも程よい感じ・・・
ごつごつ感の殆ど無い彼の演奏ぶりは、何だか陶器をイメージさせるような感じがしないでもないところかな・・・・・・
何だか純粋な形で「ある英雄の思い出」を語らせているかのような印象を受けた、ワルベルク指揮の演奏だったように思っています。
古典派の作品でありながら何処かロマンティックになってしまっているところも否定出来ないところですが、きちんと歌い上げてられているあたり、間違いはないかな、そんな印象でした。
さぞ、豊かな響かせ方をしていたんでしょうね・・・
<(_ _)> お読み下さってありがとうございます <(_ _)>

【関連記事〔ベートーヴェン感想(批評)〕】
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「カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーによるベートーヴェン「第九」ライヴ in 東京・普門館 (1979年)」
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