兵庫芸術文化センター管弦楽団=舞鶴公演の鑑賞記・・・(2)コンサートを聴く
その一方で、その代替案の実行のために、諦めざるを得なくなったものが一つありました。
「公開リハーサル」です。
実は今回聴きに出かけた兵庫芸術文化センター管弦楽団=舞鶴公演では、チケット購入者を対象とした「公開リハーサル」がコンサートの前に別途設定されていました。
とにかくチケットを買いさえすればその「公開リハーサル」に立ち会えるというものだったのですが、これの開始時刻が13:30で、13:00より入場開始となっていました。
それで、当初予定していたOCATバスターミナル10:30発の東舞鶴駅前(舞鶴営業所)行き高速バスでは東舞鶴駅前に12:40(定刻)に到着することになっていたので、この「公開リハーサル」に間に合うわけですが、このバスに乗り遅れてしまったがために、参加を諦めざるを得なくなったわけです。
というのも、この次のバス便というのが今回乗車した神戸三宮BT12:10発の福知山駅前行きとなっていて、その後、神戸三宮BT13:00発東舞鶴駅前行き、OCAT=BT13:30発東舞鶴駅前行き・・・と続くわけですが、何れの便も東舞鶴駅(前)到着時点で「公開リハーサル」には間に合わず、ましてやなんばOCAT13:30発のバス便では「公開リハーサル」どころかコンサート自体にも間に合わなくなってしまうので使い物になりません。
でも、別の言い方をすれば、泣く泣く「公開リハーサル」を捨てることでコンサートに間に合わせることが出来る・・・ということにもなったわけですけれどもね。
さて、東舞鶴駅前に到着した私は、出かける前に予め準備しておいた駅からコンサート会場までの地図データを取り出して道筋等を確認し、いよいよ改札を出てコンサート会場へと歩き始めました。
駅からほぼ直角方向に伸びる幅広の道路(片側2車線だったか?)はその両脇に商店街を従えている格好となっていて、商店街自体もかなり高めの屋根付きで、広々としたつくりになっているのですが、歩いてみてふと感じたのが、今日は本当にコンサートなのか、といぶかしるほど、人通りがまばらなこと。
まぁ私にしてみればそのほうが歩きやすいのですが、正直ちょっと不安にもなったわけで・・・
直進していると、やがて幅広の道路が尽き、四叉路を横断すると今度は片側1車線の道路へと狭まり、更に直進していると海岸沿いを走る三叉路へ・・・ここで横断して左折。
夏の太陽が照りつける中、相変わらず人通りのまだらな中を海岸線(?)を右に見ながら道なりに進んでいくと、ようやく私と同じくコンサート会場に向かっているであろう人の姿をちらほらと発見、更に進んでいくと左手にコンサート会場である舞鶴市総合文化会館が見え、会場到着となりました。
会場正面入口には両脇に青と白の2色ストライプのコンサート立て看板が立てかけられ、更に入口上にも横長の看板が取り付けられていました。
中からは「いらっしゃいませ!」と元気に叫ぶ声が・・・
で、着いてみてわかったのですが、家族連れや友人連れなど、次々とこの日の聴衆が詰めかけてきているのですが、多くはホール裏手(北)方向からとか、私の来た方向とは反対方向(駐車場?)からの来場者のようでした。
東舞鶴駅前方向からはあまり来ていないんだろうか・・・
ま、それはさておき、ホール事務所と思われる付近に掲げられている「前売券発売中」の最上段にはめられていたこの日のコンサート案内のところには”ありがとうございました。完売いたしました。”との貼り紙が貼られているあたり、この日は閑散としているどころか盛況なんだなぁ、と感慨深げに眺める私・・・
開演約5分前になり、私もチケットを用意して中へと入りました《ちなみに私は「ローソン(ローソンチケット)」で購入》。
ここからはコンサート自体のことを記すことになりますが、今回聴きに出かけたコンサート(兵庫芸術文化センター管弦楽団=舞鶴特別公演)の概要(演奏曲目を含む)についてはこちらをご覧下さい。
2階席だったので正面入口から入って左手に見える階段等で一番上まで上りきった私は客席に通ずるドアの横に掲げられている座席案内板で今回指定された座席の位置を確認していたのですが、その途中で中のほうから拍手喝采の音が聞こえてきて、次いで何やら聞き覚えのある声が・・・
「まずい!」そう思った私は即座にドアを開いて中へと急ぎました。
中に入ると、指揮台や譜面台、イス類等がセッティングされているステージ上で、今回の公演で自前のオーケストラを引き連れている佐渡裕が何やらプレ・トークを展開していました。
今回演奏するベートーヴェンの作品は5分かそこらで終わる曲ではないので、という意味のことで場内の笑いをちょっととった上で、オーケストラ結成以来在籍している1期目メンバーは今年で最後となるので、彼らの退団を前にしてこうした演奏会を開くことにした、と語り、締めくくりとして以下のような言葉を残しました。
| ベートーヴェンが生きていた頃はこんな音楽であったことをこの場で提示するのではなく、ここ舞鶴でつくる一度限りのベートーヴェンの音楽を聴かせたい |
ちょっと自らの記憶があやふやになりつつあるので自信が持てませんが(ぉぃ)、このような意味のことを佐渡氏は締めくくりに聴衆に向けて語りかけました。
プレ・トークが終わり、佐渡氏が舞台袖に引っ込んでいくと、次は楽団員たちがステージ上に現れてめいめいに演奏へのスタンバイを開始(恐らくピアノの音でチューニングをしていたと思うのですが、何故か底のところの記憶が無い…)、それが終わるとこの日のピアノ独奏を務める及川浩治と指揮の佐渡裕がステージに姿を現し、いよいよ演奏開始となりました。
この日は「オール・ベートーヴェン・プログラム」で、最初に演奏された『ピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」』は、いうまでもなく、ベートーヴェンが残した5曲のピアノ協奏曲の中の最後の作品。
内面性に重点を置いて作曲してきたベートーヴェンにとって、独奏者(ソリスト)の名人芸が重視されがちになる等外面的要素が強く出てしまうコンチェルト系統の作曲はあまり気が進まなかった、との話があるのですが、この日の演奏では、ピアノ・ソロが突出して見事な名人芸を見せていたような印象はないものの(かといって別にピアノ・ソロが下手…というのではないですよ!)、ピアノ・ソロとオーケストラがお互い”勢い”をぶつけ合っているような印象を抱き、それでいてオーケストラのほうがピアノのために”開放”しているようなところがあって、音楽全体としてよく溶け合っている感じがしました。
オーケストラそのものを聴いていても、全てのパートで発せされたサウンドが漏れなくきれいに聞こえてきているとでもいいますか、スコア上にある1音1音全てに対して指揮しようとする佐渡氏の最近の傾向というものをここでも実感しました。
それは休憩を挟んで後半演奏された『交響曲第7番イ長調作品92』に於いてもしっかり踏襲されていたような印象でしたが、それだけにとどまらず、前半の「皇帝」演奏の際もそうでしたが、曲の内部に於ける楽想上のメリハリというものを、佐渡氏自らのパフォーマンスをも交えながら(!?)、少々極端なくらいにハッキリとつけていたような感じで、この楽曲に秘められた精神性というものを見事なまでに浮き上がらせていた・・・そう言えるのではないかな、と思うところです。
なお、後半に演奏された第7シンフォニーについて、その第2楽章の最後のところ(275~276小節目)に於ける第1・第2ヴァイオリンの奏法を巡って複数のパターンが説として提示されているみたいですが、この日の佐渡氏の演奏では、どうやら一番最後の276小節目のところでそれまでのピチカート指示からアルコ指示に切り替えていた模様。
ここでホール自体について少し記しますと、ステージから客席に向かって扇状に広がっているような感じで、客席も1階席の前数列を除いて円弧状に配列されていました。
壁面など、あまり古さというものを感じさせず、音響面でも、残響時間こそさほど長くはないものの(1秒前後かな…)、響き自体の美しさに思わずハッとさせられるほどでした。
当初予定されたプログラムの演奏が終わった後、カーテンコールを経てチャイコフスキーの『アンダンテ・カンタービレ』〔弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11から第2楽章(冒頭旋律)〕がアンコール演奏されましたが(曲目間違っていたら遠慮無くご指摘を…当日終演後、館内に於いてアンコール演奏曲の告知が見当たりませんでした)、ミュートを効かせているであろう少しくすんだ感じの弦楽合奏の響きが印象的でした。
アンコール演奏も終わり、佐渡氏が舞台袖に引っ込んだ後にコンサートマスターが客席に向かって一礼すると、オケ楽団員たちが一斉に舞台からはけていき、この日のコンサートは幕となりました。
このあと、ちょっと大変な事態に発展する(というか巻き込まれる!?)わけですが、そのことについては次回のお楽しみということで・・・ゴメンナサイ!
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