岐阜県交響楽団、音楽の都ウィーンで團伊玖磨作品などを高らかに・・・日本=オーストリア国交樹立140年目の年に
今秋、昨年に引き続いてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ズビン・メータ指揮)が日本にやってきますが、彼らがホームとしているのが、ご存じの通り、ウィーン楽友協会(ムジークフェライン)大ホール。 あの目映い黄金の飾り付け、そして側面の柱などに飾り付けられた黄金の女神像・・・テレビとかで眺めていても、音楽好きの一人として、つい憧れてしまうところがありますね。
そのウィーン楽友協会大ホールにて、日本国内ではゴールデンウィーク後半の最中にあった今月4日の夜(日本時間では5日未明)、日本のアマチュア・オーケストラが公演を見事成し遂げてくれました。
公演を行ったのは岐阜県内を活動拠点としている、その名もズバリ「岐阜県交響楽団(岐響)」。
この名称から、岐阜県が運営しているオーケストラか、との声が上がりそうなところですが、実はそうではないみたいで、昭和28年(1953年)に岐阜交響楽団として設立し、22年経過した昭和50年(1975年)に「(社)岐阜県交響楽団」に改組、今日に至るという、アマチュア・オーケストラの中では歴史ある部類に入る団体です《運営形態に於ける、よく似た例としては「(財)東京都交響楽団」(こちらはご存じ在京プロオーケストラの一つ)がありますが、設立したのは昭和40年(1965年)、つまり岐響設立の12年後のことになります》。
この岐響のウィーン公演の話が私の知るところとなったのは『地元を誇れ! 岐阜県交響楽団!!』というブログ内記事で、この記事が掲載されているブログには、以前このブログに掲載したベートーヴェン「第九」演奏動画に絡んでお世話になったところです。
このブログ内記事には写真入りの新聞からの切り抜き2点が写真画像となって掲載されているのですが、客席は地元ウィーンの人たちなどで埋まっているような印象で、西洋音楽本場の地に於ける日本のアマチュア・オケの演奏に暖かい拍手が贈られているかのようにしっかりと写っているのが見えました。
このウィーン公演で指揮を務めた小松一彦(岐阜県交響楽団名誉指揮者)は、小澤征爾や尾高忠明らと共に、桐朋学園大学で斎藤秀雄に指揮を学んだ一人(門下生)としても知られていて、日本人作曲家の作品にも積極的に取り組み、そしてNHKの『名曲アルバム』やテレビ朝日系列『題名のない音楽会』で指揮者としてその名が度々登場するなど、お茶の間の間でもよく知られた存在なのですが、先に紹介したブログ内記事が伝えるところでは、音楽に対して妥協が無く物凄く厳しいとの話を聞いたことがあり、以前に大学オーケストラを聴きに行ったときにはチャイコフスキー『交響曲第6番』第3楽章を曲の終わりと勘違いして拍手してしまい、当時指揮していた小松が聴衆側を振り返って「シーッ」と言って拍手を制止していたのだそうです。
まさに職人肌・・・といったところかな。
それで、この岐響ウィーン公演の模様は各新聞メディアでも一斉に報じられています。
『「長良川」ウィーンで喝采 岐阜県交響楽団』
《←『(岐阜)本場で「長良川」を演奏』》
『音楽の都で堂々の演奏 岐響がウィーン公演』
《→『ウィーン公演の感動と興奮、岐阜へ 県交響楽団』》
『岐阜交響楽団がウィーン公演 「音楽の都」で晴れ舞台』
これらの報道によると、この岐響ウィーン公演には76人の楽団員が参加、岐阜県経済界などの支援を受けて開かれたこの公演には地元ウィーン市民ら約700人(岐阜新聞報道では「約1,300人」)の聴衆が詰めかけていたとか。
また、全国紙の中で唯一報じていた読売新聞は、ホール使用料や指揮者の渡航費用等約2,600万円を地元企業から集めた協賛金でまかなっていたことを伝えると共に、演奏終了後のカーテンコールで聴衆が手拍子でアンコールを求めていたのだそうで、この「手拍子のアンコール」は演奏したオーケストラに対する最大級の賛辞ともいわれていて、指揮をした小松は「大成功、みんな本当によくやった」と居合わせた団員をねぎらっていたことも併せて報じています《岐阜新聞報道では、このカーテンコールの際に客席に向かって楽団員たちがドイツ語で「感謝します」と挨拶していたのだとか》。
先のブログ内記事で、団員たちは皆自腹でこのウィーン公演に参加していた旨を伝えていますが、それでも日本人作曲家・團伊玖磨の『交響詩「長良川」~ソプラノと管弦楽のための』を含めたプログラムで地元民を納得させる演奏を聴かせたあたり、よくやり遂げたと思いますね。
ところで、過去に日本のアマチュア・オーケストラがウィーン楽友協会大ホールで公演を行った例について、当方にて調べてみますと・・・
◎ 俊友会管弦楽団(1995年9月)
◎ 長野フィルハーモニー管弦楽団(1999年10月)
◎ フィルハーモニア・エテルナ(2000年8月)
◎ 早稲田大学交響楽団
(1986年・1989年・1992年・1995年・2003年・2006年・2009年)
上記音楽団体のうち、長野フィルについては1987年にウィーン楽友協会と長野県県民文化会館と姉妹提携を締結したことがきっかけで設立された音楽団体で〔設立当初の名称は「長野県県民文化会館管弦楽同好会」〕、1998年の長野五輪の後に開かれた長野パラリンピックで開会式に於ける演奏に参加している他、上記1999年10月に行った楽友協会大ホールでの公演は長野県文化使節団としてのもので、立見が出るほどの盛況ぶりだったそうです。
長野フィル以外は全て東京都内を本拠とする団体なのですが、その中で早稲田大学交響楽団の公演回数が突出していることがおわかりになるかと思います。
実はこの早稲田大学交響楽団による海外公演ツアー、1978年にベルリンで行われたカラヤン財団主催の第5回国際青少年オーケストラ大会(通称「カラヤンコンクール」)で見事第1位に輝いたことを契機にしていて、これまでに欧米各国やアジア各国で公演を行ってきている他、なんとレコーディングをも行っていたそうです《その中にはあの大手レーベル「ドイツ・グラモフォン」によるレコーディングも含まれています》。
また、今年は日本とオーストリアの両国が国交を樹立してから140年目という大きな節目の年にも当たっていることから、日本・オーストリア両国による文化交流事業”「日本オーストリア交流年2009」プログラム”が進行中で、今回のウィーン楽友協会大ホールに於ける岐阜県交響楽団の公演もこのプログラムの中にしっかりと組み込まれているのが見えます。
この岐響ウィーン公演の前には、今年1月に同ホールに於いて「長野県合唱祭inウィーン(2009年新春コーラス・コンサート in ウィーン)」が開かれている他、3月にも同ホールにて日本・オーストリア両国のアマチュア音楽家が参加しての演奏会2つが組まれています。
一方で、先に記した早稲田交響楽団もまた今年2月か3月中に楽友協会大ホールで公演を行ったみたいなのですが、何故か「日本オーストリア交流年2009」公式サイトに掲載のプログラム一覧の中に同楽団の名前は見られませんでした。
楽団自身のポリシーの問題なのか、それとも「日本オーストリア交流年2009」公式サイトを運営しているオーストリア大使館側のミスでプログラム一覧に載せるのを漏らしてしまっただけなのか・・・このあたり定かではありませんが。
ま、何れにしても、日本のアマチュア音楽家たちが西洋音楽の都ウィーンに馳せ参じては一定の評価を現地で得るという光景に、音楽好きの一人として誇りに思っている次第です。
今度は関西のアマチュア・オーケストラ団体もウィーン楽友協会大ホールでの公演に是非トライして欲しい・・・費用面などですごく大変かもしれないけど。
P.S.(團伊玖磨『交響詩「長良川」』について)
今回ウィーン公演を行った岐阜県交響楽団が1975年(昭和50年)に設立当時の名称「岐阜交響楽団」から社団法人格取得の上で現名称の下に改組したのを記念して、郷土の清流「長良川」を主題とした作品の作曲を当時51歳だった團伊玖磨に委嘱、改組翌年にあたる1976年(昭和51年)に完成となり、同年7月10日に作曲者自身が指揮する岐阜県交響楽団、伊東京子のソプラノ独唱により初演された。江間章子作詞。
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ベートーベン
歓喜の歌ドイツ語版(ショパン)
歓喜の歌~ベートーヴェン(混声)


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