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紀勢本線全線開業50周年を祝う・・・私自身にとっての紀勢本線にまつわる思い出なども交えつつ

 紀伊半島をほぼ海岸線に沿って半周する紀勢本線が全通して、去る7月15日で50周年を迎えてましたが、後れ馳せながら、私からも紀勢本線全線開通50周年を心からお祝い申し上げます。

 

 

 諸々の資料によると、紀勢本線は、戦前(第2次世界大戦前)のうちには、東側(多気方;紀勢東線)からは尾鷲まで、西側(和歌山方;紀勢西線・紀勢中線)からは紀伊木本(現在の「熊野市」)まで路線を延ばし、それから戦争を挟んで実に20年以上の時が流れ、1958年(昭和33年))までに、東側は尾鷲から三木里まで、そして西側は紀伊木本から新鹿まで、それぞれ延伸させてきました。

 

 そして、最後まで残された三木里~新鹿間も1959年(昭和34年)に開通・・・こうして現在の紀勢本線が形作られたわけですが、建設工事に際し、特に紀伊半島東側の地形に難儀していたことが容易に想像できるところです。

 

 

 一方で、紀勢本線全通となるまでは東側区間と西側区間との間の空白区間を国鉄バス(紀南線)が結んでいたのだそうで、戦前の1936年(昭和11年)に「尾鷲~上木本」間で営業を開始し〔当時は鉄道省による「省営バス」として運行開始〕、紀勢本線が全通するまでの約23年間、東側区間と西側区間を結ぶ貴重な足としての役割を担っていたんですね。

 

 道幅が狭くて険しい上に山間部ならではの厳しい気象条件であったにもかかわらず、営業運転開始以来23年間無事故で通してきたというのは、まさしくバス乗務員たちの決死の努力の賜物ということが出来、私もただただ感服するばかりです。

 

 

 で、紀勢本線といえば、私自身本格的に乗り歩きするようになったのは勿論JRになってからのことになるわけですが、それまでにも、鉄道関連書籍を通じて、紀勢本線を駆け抜けた名列車たちのことを知るところとなっていました。

 

 旧国鉄時代の、まだディーゼルカーで運行されていた頃の特急「くろしお」〔あのキハ81形(80系81形)ボンネット車の姿が今でも忘れられない・・・実際に乗ったことがないにもかかわらず(爆)〕、そして東京から直通していた寝台特急「紀伊」も印象に残っているところですが、一番の印象残りはやはり寝台車が連結された夜行普通列車「はやたま」でしょうか。

 

 亀山から夜通し紀伊半島を一周しながら天王寺に至る普通列車(かつては名古屋からの運行だったそうな…)が、途中の新宮で寝台車両を連結すると共に「はやたま」の列車名を付されて引き続き天王寺を目指して走っていたという・・・今は亡き鉄道紀行作家の宮脇俊三の著作によってこの「はやたま」という夜行普通列車の存在を本格的に知るところとなり〔それまでにも『時刻表』等で「はやたま」の存在自体は知っていたのですが〕、この列車に対するある種の憧れというものを抱くことしばしばだったのですが、結局乗らぬまま消滅となってしまい、ガッカリな私・・・・・・

 

 JRになって以降、大学の部活動などを通じて「青春18きっぷ」の味を占めるようになっていた私は、「はやたま」の成れの果てともいえる”新宮夜行”(新大阪~新宮)に何度か乗車、東京~大垣間を走る”大垣夜行”(現在の「ムーンライトながら」)等と共にお世話になったものです《2000年9月を以て”新宮夜行”は名実共に消滅してしまいましたが…》。

 

 最近の例としては、昨年(2008年)夏のことになりますが、夜中に南海フェリーで徳島から和歌山に渡り、和歌山港から徒歩(駆け足?)でJR和歌山駅に向かい、日根野始発の紀伊田辺行き普通列車に和歌山から乗って紀伊田辺・新宮と乗り継いで名古屋に抜けたことがあります。

 

 わたし的には、深夜から朝方にかけて紀伊半島(紀勢本線)を巡ることが大半だったわけですが〔”新宮夜行”で巡ることが多かったため〕、それなりにお世話になってきたような感じですね《う~ん、どうだろう…》。

 

 

 そんな紀勢本線の全線開業50周年を迎えた去る7月15日には、普段は特急「(ワイドビュー)南紀」に充当されているキハ85系気動車を使って亀山から新宮・紀伊勝浦を越えて白浜まで臨時快速列車「紀勢本線全通50周年記念号」が運転され、JR東海所属車両であるキハ85系のJR発足後初乗り入れとなった白浜駅では、わずか1分間ながら、JR西日本所属の381系「くろしお」283系「オーシャンアロー」とを合わせた歴史的な”三役揃い踏み”が実現し、鉄道ファンらの熱い視線が注がれていたとのことですが、「紀勢本線全通50周年記念号」行路途上では30年ぶりの駅弁立ち売りの復活が実現したり、最後の開通区間となった三木里~新鹿間では地元住民による日の丸の小旗を振っての歓迎パフォーマンスを見せたりするなど、この日一日は紀勢本線がまさしく祭典の場と化していたと言ってもよいところでしょう《「紀勢本線全通50周年記念号」走行時だけ!?》。

 

 これからも紀勢本線が、遠来の観光客にとっての足のみならず、地域の足としても愛される存在であり続けてほしいと思っています。

 

 そして、出来れば、「青春18きっぷ」シーズン限定でもいいので、「はやたま」の再来とでもいいますか、紀勢本線を駆け抜ける長距離普通列車の復活を望んでいるところです《無茶言うなってか・・・でもわたし的な願望として書いておきたいので、敢えて書きました》。

 

 

 とりとめのない文章となってしまいました・・・スミマセン。

 

 

P.S.
 紀勢本線全線開業50周年を記念して運行された臨時快速列車「紀勢本線全通50周年記念号」、この運行に際して至るところで「50」という数字を意識していたみたいで、この記念の臨時快速列車の運転士と車掌は何れも50歳だったといいますし、終着駅となった白浜駅では白浜町にある国民宿舎「ホテルシラハマ」の50歳の経営者がこの日限りの”1日駅長”として記念列車を出迎えていたのだそうです。

 車両先頭部にある列車名表示箇所に貼り付けられていた手作り感のある特製ヘッドマークといい、沿線随所で開かれたイヴェントの数々といい・・・紀勢本線全通50周年を迎えた7月15日は、この紀伊半島を外周する鉄路とその沿線地域にとってはまさしく歴史的な1日となったことでしょう《大げさな…》。

 

 

◎ 参照記事
JR東海のキハ85系が白浜に初乗り入れ
快速“紀勢本線全通50周年記念号”運転
JR紀勢線:全通50周年、白浜駅で記念のイベント 鉄道ファンでにぎわう /和歌山
紀勢線全線開通50周年,記念列車でまちPR
1分間だけですが…紀勢線全通50周年で3特急勢ぞろい
紀勢線全通50周年を祝って臨時列車
《→『紀勢線全通50周年を祝って臨時列車』》
“ワイドビュー”白浜駅へ 紀勢線全線開通50年を記念
駆け抜けて全通50年 紀勢線・記念列車が走行
紀勢線全通50年式典 白浜で特急列車並ぶ

 

 

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【関連記事(紀勢本線全通50周年)
キハ181系急行『紀勢本線全通50周年フィナーレ号』、全通イヴェントのトリに…9月20日(日)、「新宮→亀山」運転
紀勢本線全通(1959年)当時の記録映画、ネット上にて公開・・・全通50周年《+1978年当時の紀勢本線映像なども》

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コメント

はじめまして。
50周年記念快速は指定席券が取れず
乗れませんでしたが、記念入場券は購入しました。
全区間を乗ったことはありませんが、921列車に
名古屋~津間で乗ったことがあります。
新宮で系統が分割され紀勢東線側は50系客車
新宮以西は12系客車になっていましたが
紀伊半島を客車列車でぐるっと一回りしたのは
いい思い出になっています。

 あるてっささん、こんにちは。
 こちらこそ初めまして。

 私自身、紀勢本線に本格的に足を伸ばすようになったのは同線内に於いて165系電車が全盛だった頃で、その時既に客車列車は姿を消していました《既にJR化された後だったので・・・》。
 尤も、今ではその”新宮夜行”すら姿を消し、165系の代わりとして投入されたオール・ロングシートの105系(但しトイレ付き)などが紀勢本線(きのくに線)内をを行き来している有様ですが・・・

 客車列車存命時代の紀勢本線が無性に懐かしく(そして乗りたく)感じる今日この頃です。

こんばんは。先日は私のブログに大変温かいコメントを本当にありがとうございました。

最後まで開通が遅れた「紀勢東線」、乗ったのはもう10年以上前・・・キハ58の鈍行が最後の活躍をしていた頃でした。
亀山から新宮まで・・・確かに難工事を偲ばせる山越え区間があるんですよね。懐かしいなあ・・・

読み応えのある記事、ありがとうございました。

 トラ鉄さん、こんにちは。
 先日はお邪魔さまでした!

 キハ58系の鈍行といえば、私自身も何度かお世話になっていますよ。
 まだ”新宮夜行”が存命だった頃(但し新大阪始発だった頃・・・つまり末期ですね)、始発駅である新大阪から終着駅新宮まで乗り通し、その終着駅・新宮で多気方面に抜ける朝一番の普通列車に乗り継ぐ際、その「多気方面に抜ける朝一番の普通列車」として運用されていたのがキハ58系だったように記憶しています《もしかしたらキハ40系48形も連結されていたかな…》。

 今となっては、よき思い出となっています。

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