今春分「青春18きっぷ」”消化乗り鉄”のこと・・・【2】多治見の巻=〔7終〕多治見、名古屋、そして亀山を経て帰路に
一つ前の「青春18」シーズンにあたる今春分「青春18きっぷ」の”消化乗り鉄”の2日目として、今春分「青春18」通用(利用)期間最終日にあたる去る4月10日に実行した多治見行き日帰り旅程を綴る、今回はその7回目、最終回になります。
前回は美濃太田に於ける20分弱の停車中のことを中心に記しました。
美濃太田を発車した我が多治見行き普通列車(キハ11形ディーゼルカー2両編成)は高山本線に別れを告げて太多線へと入りましたが、平日の夕方ということもあり、下校途中の生徒たちの姿が目立ってきました。
名鉄線(広見線)乗換駅でもある可児(名鉄線「新可児」)に到着。
「鹿児島=”かごしま”」と読むところから「可児=”かご”」と思ってしまいそうなところですが、正しい読み方は”かに”。
”かご”といえば「籠(篭)」とも思ってしまうし、”かに”といえば「蟹」とも連想してしまいそう・・・ま、そんなことどうでもいいことだけど《ウザくてスミマセン》。
それはさておき、ここ可児も下校途中の生徒たちが多かったような・・・ただ美濃太田方面に向かう反対列車が遅れていて、なかなか発車できなかったことを何となく記憶しています。
待つこと数分、ようやく反対列車が姿を見せました。
夕焼けに映えるディーゼルカーもまた絵になる風景です。
4~5分ほど遅れて可児を発車、下切、姫、根本とやり過ごし、終点・多治見の一つ手前の駅である小泉〔元首相の名前だなぁ(爆)〕に到着。
この小泉駅でも反対列車との行き違いがありました。
この後の予定として、終点の多治見で3分の待ち合わせで名古屋行き普通列車(多治見17:07始発)に乗り換えて高蔵寺に至るまでの渓谷区間などをゆっくり眺めつつ名古屋に早めに着いておこうと考えていたわけですが、待ち合わせ時間分以上の遅れとなっていたため、ダメだろうと半ばあきらめていました。
小泉を発車してから3分ほど、前方に多治見駅プラットホーム群が目に飛び込んできました。
そして、目をこらしてみると・・・
このディーゼルカーが入線するであろう、駅舎から一番離れた島式ホームの反対側に、あの半ばあきらめていた多治見始発名古屋行き普通列車(211系)が我がディーゼルカーの到着を待っていてくれているのが見えました。
ラッキー!
終点駅・多治見に到着、ドアが開くのを待って真っ先に反対側に停まっていた名古屋行き普通列車に向かった私は、後ろのほうの車両に乗り込みました。
車内はガラガラでした(笑)
まもなくドアが閉まり、先ほどまで乗ってきたキハ11形ディーゼルカー2両編成を横目にしながら多治見駅をあとにし、次いで進行方向右手に分かれていく太多線の線路を眺めながら、列車は山間部を目指しました。
トンネルをくぐると渓谷が現れ、古虎渓に停車。
今となっては記憶があやふやになってしまっていますが、ここで最後尾車両の一番後ろに乗り移ったような・・・
それはさておき、満開の桜に渓谷の取り合わせを楽しめました《静かでしたし…》。
古虎渓を発車し、同じく渓谷区間内にある定光寺をやり過ごして、かつては岡多線だった第3セクター鉄道・愛知環状鉄道線と合流する高蔵寺に到着。
ここで1本後に多治見を発車した名古屋行き「セントラルライナー」に道を譲りました。
最後尾車両の”かぶりつき窓”から見えた、岡崎に向かう愛知環状鉄道の列車と名古屋行き「セントラルライナー」の並びです。
専用道をバスが走る形式の「ゆとりーとライン」(名古屋ガイドウェイバス)の”駅”を擁する大曽根駅を眺めるなどして過ごしているうちに、終着駅・名古屋に到着。
多治見から乗ってきた普通列車は、折り返し瀬戸口行き普通列車とされていました。
ホームに降り立った私は多治見からここまで乗ってきた211系車両編成の横を前方に見える階段に向けて歩いていたわけですが、その時ふと目にした、この車両編成の側面に見える行先表示窓・・・
何とも珍しい表示の仕方だなぁ・・・JR西日本だったら「高蔵寺方面瀬戸口」と表示しそうなものだが。
ところで「瀬戸口」という駅名、中央本線の駅としてはちょっと聞き慣れない名前だな、と感じた私でしたが、今日になって調べてみたところ、これは中央本線の駅ではなく高蔵寺から分岐する第3セクター鉄道・愛知環状鉄道の駅であることが判明。
つまり、多治見から乗ってきたこの列車は折り返し高蔵寺から愛知環状鉄道線に直通する普通列車となるわけで、しかもこの直通列車は平日のみの運転(土休日運休)とのことですから、関西住まいの私にとっては貴重な存在です。
さて、階段を下りた私は改札内コンコースを伝って新幹線のりばに一番近い12・13番島式ホームに移動、その中の13番ホームに次に乗る名古屋18:04始発亀山行き普通列車が停まっているのが見えました。
関西本線・名古屋口を走る列車としては久しぶりの213系電車による編成で、しかも4両編成!
313系電車が跋扈するまではこの213系電車が君臨していて、その頃からお世話になっている身としては、今回の213系電車4両編成との出会いは何処か懐かしさを覚えました。
通勤客などで満載した4両編成の亀山行きはほぼ定刻に名古屋を発車、まもなく進行方向左手に東海道本線や中央本線の線路と分かれて左へとカーブ、桑名あたりまでは近鉄名古屋線とほぼ並走し、四日市の2つ先の河原田で津方面に向かう伊勢鉄道線と分岐する中を、少しずつ通勤客などを降ろしていきながら各駅に停まっていきました。
途中で日が暮れてしまい、終着駅・亀山に着く頃にはすっかり夜のとばりが降りていました。
亀山には、普段名古屋からの列車が入線する1番ホーム(駅舎側ホーム)ではなく隣の2番ホームに入線、同じホームの反対側にあたる3番ホームには乗り継ぎ先列車となる亀山19:26始発加茂行き普通列車が発車を待っていました。
これもまた平日の夕方ラッシュ時間帯ならではの光景というものなのでしょうか。
加茂行きはキハ120形ディーゼルカー2両編成で、長浜~米原間でお世話になった223系電車以来となるJR西日本所属車両。
ここのところ乗る機会がめっきり減り、今回の乗車は2~3年ぶりだろうか・・・いや、もっとブランクがあったのだろうか。
亀山を発車すると、進行方向左手に投光器(というのだろうかなぁ…)に照らされた留置線群を眺めながら西に進み、やがて単線となって場内信号機を通過したところでJR東海管轄エリアを脱して再びJR西日本管轄エリアへ・・・そして2両のディーゼルカーは加太峠を越え、草津線乗換駅の柘植、伊賀鉄道乗換駅の伊賀上野など加茂までの各駅に停まっていき、その間、通勤通学客を少しずつ降ろしたりしていました。
そうしているうちに、やがて関西圏内へと戻り、終着駅・加茂に到着。
ここで同じホームの反対側に停まっていた、大阪環状線に直通する区間快速(103系・朱色8両編成;加茂20:47始発)にすぐ乗り継ぎ、そのまま帰路についたのでありました。
ということで、これにて今春分「青春18きっぷ」2回分の”消化乗り鉄”は全て終了ということになったわけですが、それにしても今春の「青春18」シーズンでは5回分のうちの3回分までを最後まで残っていた本州~九州間ブルートレイン”ふじぶさ”(「富士」+「はやぶさ」)の消滅直前の姿を関門海峡を挟んでの追っかけに費やし、1回分は鳥取方面の”消化乗り鉄”に費やすなど、西日本地域に偏っていた感がありました。
とはいえ、十分に乗り歩き出来て楽しかったです…
<(_ _)> ありがとうございます。よろしくお願いします <(_ _)>
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