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山陰本線余部鉄橋の裏側・・・保線区員命がけの活躍、国鉄終焉直前の「みやび」転落事故《「鉄道の日」1ヶ月前に寄せて》

新橋梁の橋脚の建設が進む余部鉄橋。眼下には余部地区の街並みが少し見える《090408浜坂行き普通列車車窓より撮影》

 今春の「青春18きっぷ」シーズンの終盤に、私も久しぶりに余部橋梁(余部鉄橋)を通ってきました。

 

 尤も降りてじっくり眺めるのではなくて列車内から眼下の景色を見下ろしたりするだけだったのですが、従前からの鉄橋の横に新しい橋脚が出来てきているのも目の当たりにすることが出来、着実に架け替え工事が進んでいることを実感させられました。

 

 その一方で、私自身は鉄道史にも興味を抱いていて、ここのところは昭和30年代に製作された朝日ニュース(朝日映画ニュース)を集めたブログ『朝日ニュース昭和映像ブログ』で紹介されている、鉄道に纏わるニュース映画をしばしば見ています。

 

 

 その中にはEH10形電気機関車を使った快速運転試験のことや電車特急「こだま」狭軌スピード試験のこと、東海道新幹線開業などの明るい話題を扱ったものがある一方で、国鉄全線にATSが前倒し導入される動機となったとされる「三河島事故(1962年)」や、瀬戸大橋建設への気運を一気に高めた要因になったとされる「紫雲丸事故(1955年)」等といった暗い話題のものもあるわけですが、ここ最近、私が繰り返し視聴しているものの一つに、雪が降りしきる中で活躍する保線区員たちにスポットを当てたニュース映画『カメラルポ ~雪と闘う保線区』があります。

 

 『カメラルポ ~雪と闘う保線区』は昭和34年(1959年)1月15日に公開されたニュース映画で、降りしきる雪の中を鉄路の安全のため動き回る保線区員たちを描いたもので、ナレーションから、保線員たちの目線で製作されているものとみられます。

 

 この『カメラルポ ~雪と闘う保線区』には、雪のため駅舎内で待ちぼうけを喰らわされている乗客たちの姿の他、吹雪にさらされている余部鉄橋、マイナス30度以下にまで冷え込んで滲み出した水がことごとく凍ってしまう北海道・根室本線(落合~新得間の旧ルート)の狩勝トンネルなどが登場します。

 

 

 映像の上に少し大きめのタイム表示があり、「01:23:53.09」から映像開始となり、「01:25:23.25」あたりで吹雪に見舞われる余部鉄橋の姿が右半分に登場、続いて雪を舞わせながら通過する列車と保線員の姿が映し出されるわけですが、映像の中でナレーターが「42メートルの高さで足場の悪い中での命がけの作業」であることを紹介しています《余談ですが、この映像のあとに今は亡き狩勝トンネルが登場します》。

 

 降雪で足場が悪い中での、しかも40メートル以上の高所での保線作業・・・死と隣り合わせだったことは想像するに難くないところでしょう《う~ん、これって映像に付けられたナレーションとあまり変わりないなぁ(苦笑)》。

 

 余談になりますが、このニュース映画『カメラルポ ~雪と闘う保線区』については、以前私が購入したビデオソフト『鉄路の昭和史』(全5巻あるうちの第2巻「鉄道を支えた人々」だったか…)にもその中の一部が収められています《なお『鉄路の昭和史』については現在では”DVDソフト全5巻”の体裁にて販売されています》。

 

 

 それから27年・・・国鉄が分割民営化されて7つのJRとなる前の年、1986年(昭和61年)。

 

 この年の4月1日にデビューした旧国鉄の純和風客車〔ジョイフル・トレイン〕、それが「みやび」───尤も正確には全7両のうちの6号車欠車の6両編成で暫定デビューし、4月20日にその6号車がようやく組み入れられてフル編成でのデビューとなりましたが。

 

 その純和風ジョイフル・トレイン「みやび」の走る姿を捉えた貴重な映像が『YouTube』に寄せられているのが見えました。

 

 

 何事もなく走り抜ける純和風ジョイフル・トレイン「みやび」の姿が、そこにはあったわけですね。

 

 一方、こちらの映像に映っているのは、同じく1986年の夏頃に撮影された余部鉄橋とそこを通過する列車たちの姿。

 

 

 181系ディーゼルカーの他、今は亡きディーゼル機関車牽引による旧型客車の姿も見えます。

 

 

 その余部鉄橋上に於いて、年末の押し迫った同じく1986年の12月28日、悲劇は起きました・・・

 

 

 4月にデビューしてから8ヶ月半あまり、日本庭園などを備えた純和風ジョイフル・トレイン「みやび」の、あまりに短い、そしてあっけない終焉でした。

 

 当時この余部鉄橋を管轄していた福知山鉄道管理局(現在のJR西日本・福知山支社)に設置されていたCTCの強風警戒のための赤ランプが2~3回瞬間的に点滅するなどしていたにもかかわらず、最終的に香住駅で団体客を降ろして回送列車となっていた「みやび」を停止させることなくそのまま強風吹き荒む余部橋梁に進入させて事故を発生させたとされていますが、当時の国鉄運転担当常務理事で、のちにJR東日本副社長・同会長などを歴任して2008年8月8日に他界した山之内秀一郎は、この当時のNHKの取材に対し〔というか記者会見の席上でのNHK記者からの質問に対し〕、余部橋梁に設置されている風速計でも拾いきれなかった「つむじ風のような変な風」が瞬間的に吹き荒れて転落したのではないか、と語っています。

 

 う~ん、当時回送状態だった「みやび」が余部鉄橋の手前にある鎧駅を通過した直後に福知山鉄道管理局に設置されたCTCの赤色警戒ランプが点灯したのを受けて遠隔操作で「みやび」を停めようとしたが停められなかったとのことだけれども、どういうタイミングで赤ランプが点灯したのか、仮に鎧駅を通過してトンネルに入ったところで転倒したのならば、

 

 余談になりますが、先の動画『余部鉄橋列車転落事故 NHKラジオニュース』に映し出されている映像について、トンネルを抜けて鎧駅を通過し、更に2~3のトンネルをくぐり抜けて余部橋梁(鉄橋)を渡って橋のたもとにある餘部駅を通過するところまでが映し出されているわけですが、映し出されている風景などから、JRが発足する前後(というか国鉄末期?)に鎧駅などを通過する列車(寝台特急「出雲」か鎧駅などが通過となっていた普通列車)の最後尾車窓(12系客車24系寝台客車あたり)から撮ったものでしょう《通過していく鎧駅の駅名標が現在のJR西日本デザインでは無く旧国鉄時代の白地のものだったこと、現在鎧駅は2線あるうちの1線が実質使用停止状態になっているが撮影当時は2線とも線路踏面が光っていてほぼ同等に使われていたことを窺わせる等による》。

 

 

 そして、転落事故発生の2日後にあたる12月30日には復旧となり、その復旧直後の1番列車が走る姿を報じた毎日放送(MBS)テレビのニュース・・・

 

 

 先のNHKニュースでは、余部鉄橋の手前にある鎧駅を通過した直後に福知山鉄道管理局のCTCの赤ランプが点灯したことを受けて遠隔操作で「みやび」を停めようとした、と一定の行動を取っていたことを報じていますが、このMBSニュースの中では、国鉄側のずさんな運行管理体制が事故につながった、と指摘しています。

 

 ところが、その一方で、事故が発生したのがJR発足つまり「国鉄の分割民営化」の前の年で、この「分割民営化」を前に実施された大リストラによって余部鉄橋に近い香住駅に配置されていた3人の運転主任が廃止・配置転換された上、かつて旧国鉄内で脈々と受け継がれてきていた「安全綱領」が分割民営化を前にした”「利益重視」への路線転換”を前にして国鉄当局によって否定された影響で現場の職員たちに「JRに不採用にされかねない」との心理的圧力が重くのしかかっていたことなどが最終的に事故につながったのではないか、との指摘もあります《→『立山学の「民営化を検証する」No.3 ~民営化と「地方鉄道」の危機』・『国鉄時代、「危ない」と感じたら、まず列車を停止させていた』など》。

 

 どうやら、このJR発足前年である1986年に起きた余部鉄橋列車転落事故、旧国鉄の分割民営化を前にした職場環境の激変に伴う運行管理体制の少なからぬ乱れ(というか綻び)から、結果としてこのような大惨事を引き起こしてしまった、と言っても過言ではないように感じ取れるところです《それにしても国鉄が制定した「安全綱領」を国鉄自身の手で破棄するなんて、信じられない…》。

 

 

 そんな余部鉄橋がついに架け替えられることになり、その新しい橋梁のイメージが去る7月28日にJR西日本から発表されて地元紙がこれを報じているわけでありますがが、コンクリート主体で建造される新橋梁に眺望確保のための透明なアクリル板を鉄枠にはめ込んだレール面からの高さ約1.7メートルの防風壁を設置することで風速30メートルまで運行可能とすることが出来るのだとか《→『新余部橋を“初公開” 防風壁アクリル板で眺望確保』》。

 

 独特の鉄骨脚が圧倒的な存在感を示してくれる旧橋梁と異なり、スマートな印象を与えてくれるものになっているわけで、現在新橋脚が急ピッチで進められている模様・・・今のペースで推移すれば完成予定とされる2010年秋より早まる可能性もあるとのJR西日本関係者のコメントもあります。

 

 加えて、旧橋脚のうちの餘部駅側3本を存置してその上に展望施設「空の駅」を造って地上41メートルの高さから鉄橋のスケール感や山陰海岸の自然美などを体験させるという計画もあります《→『余部に「空の駅」 兵庫県が鉄橋利活用基本計画』》。

 

 これは余談になりますが、私自身はというと、北陸本線の「北陸トンネル」や「頸城トンネル」のように、従前からの余部橋梁を通過するルートを廃止(廃棄)して香住駅あたりから山をぶち抜き長大トンネルを造ることでほぼ直線に浜坂に向かうという、いわばルート変更を行うべきと考えたりもしていました。

 

 尤も、今のJR西日本の経営の現状などを考えたら、そんなことは到底無理であることは明らかなのですが・・・

 

 

 余部鉄橋の架け替えによりスマートなコンクリート橋に生まれ変わろうとする一方で、労働集約型産業の典型の一つともいわれる鉄道は、たとえどんなに機械化(コンピュータによる自動化→近代化)を推し進めたとしても、最終的には実際に列車を動かす現場従業員の手に安全がかかっている点に於いては今も変わらないと思います。

 

 民間企業としての宿命といわれる利益の追求という大義名分の下で公共交通機関としての最大の使命である「安全」が踏みにじられることは決して許されるものでは無く、またそのために職場環境がギスギスしたものと化していては、何れ旅客サービス面にも悪影響を及ぼすことでしょう。

 

 架け替え後の新「余部橋梁」の姿を頭の中でイメージしながら、鉄道の安全について考え込んでしまう私なのでした。

 

 

 「鉄道の日」(10月14日、旧「鉄道記念日」)のちょうど1ヶ月前ということにちなみ、今回の記事を書きました《う~ん、ちょっと強引だったか…》。

 

 

<(_ _)> ありがとうございます。よろしくお願いします <(_ _)>
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