【「第27回サントリー1万人の第九」公演記=6終】いよいよ公演本番。マッキー歌唱、「第九」、そして終演・・・
今年で27回目を迎えた、大阪城ホールに於ける「サントリー1万人の第九(10000人の第9)」。
前回(第5回)記事で、ゲネプロの終わりまで来ました───今回は最終回、いよいよ公演本番のことを書きます。
ゲネプロを終えたあとの、公演本番を前にした最後の休憩時間中、本番用衣装への着替えを済ませ、スタンド席エリアの回廊をほぼ回り尽くした私は、再び階段を下りて一つ下のアリーナ席エリア回廊へ。
本番に備えるべくトイレに続く列へ───このとき、開演時刻の17~18分程度前だったように覚えていますが、館内放送がまもなく開演する旨のことを告げてきていました。
私も少し慌ててしまい、あわただしく手を洗うと、早足でアリーナ席エリア内の自席へと戻りました。
戻る途上でも館内放送で聞こえてきていたわけですが、自席に辿り着く頃には公演指揮者(総監督・指揮)・佐渡裕が一人、ステージ上で居合わせた聴衆に向かって何やら語りかけているのが見えました。
ご存じの方も多いかと思いますが、実は「1万人の第九」では、メインとなる後半(第2部)の「第九」演奏に於いて、終楽章(第4楽章)の中で最も有名なところとされている”練習番号M”の箇所で合唱団と共に聴衆にも歌ってもらうというのが創始以来の名物となっていて、そのための聴衆向け歌唱指導の時間が用意されています。
今は亡き山本直純が公演指揮者(音楽監督・指揮…初代)を務めていた頃には所定の公演プログラムの中に一演目として組み込まれていましたが〔この時にはサントリーの社長そして会長を務めた今は亡き佐治敬三がバリトンソロを披露することも恒例の一つとなっていました〕、佐渡裕があとを引き継いでからは開演前に行うようになりました《というふうに記憶している私・・・》。
尤も山本から佐渡にバトンタッチしてから2~3年程度、中断されたこともありましたが・・・
今年もまた聴衆向けの歌唱指導が始まるな、と半ば期待する私でしたが〔何と血も涙もないことを〕・・・
ところが今回、佐渡は居合わせた聴衆に向かって「第九」のことや”練習番号M”のこと等を語り、一緒にその”M”のところで合唱に参加してくれるよう呼びかけはしたものの、合唱指導めいたことは行いませんでした。
あらら───と心の中でずり落ちる私がそこにあったのですが、呼びかけで終えるあたり、合唱参加の強制まではしたくない(というかすべきではない)という佐渡そして主催者のある種の意思表示の現れと捉えるべきだろうか、これは。
う~ん、ここにもゆるゆるな一面を垣間見た気分でした。
ま、それはさておき、そんな佐渡の”プレトーク”が終わり、しばしの小休止を経て、いよいよ場内が暗くなっていきました《確かその際に”開演ベル”が鳴り響いていたっけ…》。
27回目を迎える「1万人の第九」の開演です。
オープニングに流された、ベルリンの壁崩壊(1989年)の映像から始まる回想VTR───実はこのVTRに添える音楽を構成したのは私も時たまお邪魔する『noriさんのひまつぶ誌』というブログサイトの管理人のお嬢様とのことでしたが〔→『第27回「1万人の第九」 大阪城ホール』〕、時代絵巻のごとく展開される名場面を束ねたVTRによく合い、私の頭の中で走馬燈が灯っているかのような気分になりました。
最後に「万九」の一コマを持ってくるあたり「ニクいね!」と思わず心の中で叫んでしまった私《勿論いい意味でね…》。
続く”『おくりびと』メドレー”───ゲネプロの時もそうでしたが、音楽の演奏と構成のすばらしさに照明の使い分けのうまさも相まって、改めて映画の中の世界に気持ちが引き込まれそうになった私。
そのとき耳にした演奏の一部と節が同一と思われる”イメージ画像+演奏音声”を『YouTube』にて見つけました《但し演奏者クレジット表示無し》。
これを聴いていると、あのときステージで展開されていた光景が頭に浮かんできます───何度聴いても飽きがこないです。
続いては第1部のメインである、ゲスト出演者マッキーこと槇原敬之による持ち歌3曲の歌唱。
全身全霊でのマッキー歌唱に見事なアンサンブル───バックに控えるアンサンブルは曲を追う毎に大きくなり、3曲目で我々合唱団も本格的に加わりましたが、2曲目で見せたスーパーキッズ・オケ団員の女の子とマッキーのデュオが印象的だったのと、3曲目で淀工(淀川工業高校)ブラスと我々合唱団も身振りをも交えて参加したのもまた印象的でした。
構成もよく考えられていて、1曲目でまずパーカッション・アンサンブルと共に大いに盛り上がり、2曲目でスーパーキッズ・オケと共にしっとりと、そして3曲目では情感たっぷりテンションも上げて再び場内を盛り上げさせる───終わる頃には場内は”沸騰”していました。
佐渡&マッキー、そして司会進行役の小倉らも交えてのトーク(インタビュー)も、ホットな演奏に花を添える役目を見事に果たしていました。
そして、マッキー歌唱3曲を無事締めくくった後の、いつになく熱いカーテンコール───ネット上で聞かれる話によれば、イヴェント台本に書かれた筋書きからはずれるほどの熱さだったそうですが、「万九」としては異例の光景に私の頭の中はちょっとしたパニック状態・・・でもすばらしかった!
30分間の休憩を挟み、いよいよ第2部、メインディッシュであるベートーヴェン「第九」の演奏。
パート毎の譜めくり具合と音の聞こえ具合から恐らく”新ブライトコプフ版”(ペーター・ハウシルト校訂版、2005年出版)を使用しての演奏とみられた今年の「万九」に於ける「第九」演奏───全体としては、昨年と比べて幾分”遊び”を持たせているかのような、余裕を感じさせる演奏だったわけですが、よりによって曲の初めから睡魔に襲われるなんて・・・
実は私自身、今度の週末に広島に於ける「第九ひろしま」にも合唱団員の一人として顔を出す予定にしているけれども、これは大きな課題になりそう。
何といったってこれは複数楽章から構成される交響曲作品の一つ、第1~3楽章があって終楽章があるという位置づけなのだから・・・
それで、主旋律以外のメロディを受け持つパートの音を拾い聴きしたりして何とか眠気を紛らわそうとしたのですが、今回襲ってきた睡魔はなかなか手強かった(悩)
何ともったいないことを───まぁ最低限とでもいうか、混声合唱が登場する終楽章(第4楽章)では何とか目を覚まして歌えましたけどね(ぉぃ)
とはいえ、成熟の域に達した感のあるオーケストラ演奏と、周囲にいる合唱団員たちの熱唱のおかげで、私も何とか波に乗ることが出来、最後まで歌い通せました。
感謝あるのみですね・・・
「第九」の演奏が終わり、いよいよ締めくくりの『蛍の光』───今年はここで初めて司会進行役・小倉智昭によるエンディングトークが披露されたわけですが〔昨年まではゲネプロ時に初披露されていた〕、生憎具体的な内容については覚えていないものの、「また来年ここでお会いしましょう」との締めの言葉に何だか万感迫る思いがしてきました。
そして終演───ここでのカーテンコールがまた凄まじかった。
佐渡裕とマッキーを中心に、「第九」ソリスト陣なども巻き込んで、都合4回程度カーテンコールを繰り返していたかな・・・こんなに熱く締めくくられる「万九」、私の知る限りに於いては初めてじゃなかったかなぁ。
まさしく異例尽くしとなった、27回目の「万九」はこれにて幕となりました。
佐渡&マッキーの例年に無くホットなカーテンコールがようやく終息となり、ステージ上からオーケストラ楽団員らがはけてしまうと我々合唱団も自動的に解散となり、私も隣の人と別れの挨拶を交わした後、名残惜しい気持ちもそこそこに、照明の灯されたホール場内をあとにしました。
アリーナ席エリアの回廊へと上がり、回廊の壁側につくられた袋小路状の小スペース(本番用衣装を着替えた時とは別のところ)に入ると、そこで再び普段着に着替えて、現実の世界に戻る準備をしました。
着替えを終えたところで、やはり名残惜しい気持ちでその袋小路状のスペースを少し眺めた後、半ば振り切るかのようにその場を後にしました。
余韻を噛みしめつつ(?)階段を上がり、スタンド席エリアの回廊に出ると、北玄関に向かう大勢の人の群れにぶつかりました。
そして北玄関から空気のひんやりした外の空間へ・・・
ホールの外に出た私、北玄関左手で”店開き”していたテント村にて、ようやくプログラム冊子を購入───持ち金ギリギリでの購入でした(涙)
煌びやかに電飾が灯される中を、歌い上げた合唱参加者たちが続々と最寄り駅などへと去っていきます。
北玄関に通ずる石階段の前に見える噴水広場には仲間を待つ人たちの姿も・・・
私も人混みをかき分けながら石階段横に止めてある自転車のもとに向かい、荷物一切をカゴに積んで解錠し、京橋方面へと進む合唱参加者らの流れに乗る格好でその場をあとにしました。
その、京橋方面に通ずる、大阪城ホールを擁する大阪城公園とOBPを隔てる川に架けられた橋の上から見た大阪城ホールの風景。
今年も2日間お世話になりました。
橋を渡った後、京橋方面に向かう合唱参加者らとは別れて大阪環状線の線路のある方向へと向きを変えて進み、どん詰まりの三叉路を右に折れて再び川を渡る橋の上で、再び名残惜しく大阪城ホールの姿を・・・
例年になく熱いステージが繰り広げられた大阪に於ける「第九」の聖地が、彼方へと消え去ろうとしています。
同じ場所から見つめた、大阪城公園駅とそこに通ずる歩道橋。
家路などにつく合唱参加者らの姿がそこにありました。
私も自転車でそのまま家路につきました。
夜の森ノ宮駅前交差点───もう現実の世界に戻っていました。
私にとっては、9月に始まり、この日に至る約3ヶ月間の道のりだったわけですが、幾つか宿題も残しているものの、それなりに楽しめたかな・・・と思っているところです。
現在「1万人の第九」唯一の協賛社であるサントリー(サントリーHD)が、現時点に於いて、再来年の4月にキリン(キリンHD)と経営統合する見通し、と報じられているあたり、来年(28回目)はとりあえず安泰としても再来年(29回目)以降「万九」が存続する保証は何処にも無いわけで、そのあたり私もまた一抹の不安を抱いているところです。
仮に経営統合後に於いて株式上場された場合、経営状態如何によってはリストラの一環としてこの「万九」自体のイヴェントとしての終焉を余儀なくされることだって十分あり得る話ですから〔一般の株主に納得してもらうためやむを得ないことなのですから〕・・・
「万九」が大阪いや関西に於ける「第九」イヴェントとして存続する限り、また自らの精神面が許容される限り、来年以降もチャレンジし続けようと考えています。
今年も、共に歌い上げた合唱参加者たちに、そしてお世話になった大阪城ホールに、ありがとう。
<(_ _)> ありがとうございます。応援よろしくお願いします <(_ _)>
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お疲れ様でした。
いい”万九”だったようで、何より&自分的には残念です(笑)。
まあその分、住之江で頑張ってきますね。
それにしても。
サントリーとキリンの持ち株統合以降は、ほんとう、どうなるんでしょうね。
サントリー&キリン、一万人の第九。
う~ん。なんか、語呂悪いし。W
まあ、先のことはまた考えましょう。
とりあえず、来年はそのままで歌えることにフロイデ!
広島も、頑張って下さいね。
投稿: MOLTA | 2009年12月19日 (土) 23時24分
MOLTAさん、おはようございます。
昨日の夜遅く〔既に日付は今日になっていましたが〕、無事広島から戻りました。
尤も今回の場合、予想外の支出が今年は結構あったのが痛かったのですが・・・
それはさておき、今のところサントリーとキリンの経営統合の見込み時期として「再来年4月」と報じられているので、とりあえず来年までは現行の形で開催できると思いますが、再来年開催分以降、経営統合してそのまま株式上場を果たしたと仮定して、もし経営成績が思わしくない場合には株主からの厳しい指摘があることは必至なわけですから、そうなってくるとイヴェント存続自体が危うくなってるわけで〔実際サントリーは、経営統合後を睨んで、自社が手がけている文化事業体(サントリー音楽財団など)の統合に乗り出してきていますし…〕、これまで「万九」にお世話になっている私としても、今後の動向からは目が離せない心境にあります。
それと、私自身2006年の「万九」で落選となった時には、何としてでもステージに立ち会いたい、という想いから、チケットの取得に精を出していたことを覚えています。
住之江で───もしかするとそれ、「住之江区第九合唱団 in OSAKA」のことを仰っているのでは。
先ほどネットで初めて知りましたが、この第九合唱団による「第九」演奏会を指揮し、「万九」合唱指導者団にも加わっている木村俊明先生、住之江区在住だったんですね。
時期的には初夏の候に開かれている様子ですが〔「万九」団員募集時期にかかりそうな頃ですね〕、悔い無きステージになるよう頑張って下さいね。
投稿: 南八尾電車区 | 2009年12月21日 (月) 10時30分