【第28回「1万人の第九」出演記;7終】「サッカー」で心意気を得、「平原」でノリノリ、そして「第九」はワイルドネスに…
ここのところ、去る12月5日(日)に大阪城ホールに於いて開催された「サントリー1万人の第九(10000人の第9)」第28回公演に合唱出演した時のことについて、本番前日〔12月4日(土)〕に行われた「総合リハーサル」も含めて、記してきています。
前回、第6回の記事では、ゲネプロも終わり、いよいよ本番を迎えんとしている大阪城ホール場内の様子などを記しました。
開演を前にしたホール内の様子をグルリと1周しながら眺めたりする一方で、今年も喫煙する合唱団員らのためにホール北玄関前広場が部分開放されていましたので、ある意味熱気ムンムンなホール場内から一時的に脱出しては外の空気に触れるなどして過ごしたりもしていました。
そしていよいよ本番───ということで、主催者側の求めに応じて開演約15分前に自席に戻るも、昨年まで行われていた公演指揮者・佐渡裕による聴衆向け”歌唱指導”コーナーが開かれず、そのまま第1部に登場するアンサンブルの団員らがステージ上に姿を現し、開演・・・
1983年の「1万人の第九」創始以来、指揮者交代で一時途絶えた時期があったものの、長らく「1万人の第九」の伝統として続いてきた、「第九」終楽章の中で最も有名とされる”練習番号M”箇所(『歓喜の歌』の題名としても知られる終楽章第1主題のメロディと歌詞を擁する箇所)に於ける「合唱団+聴衆」が一体となっての大合唱が事実上途絶えた瞬間でもありました。
ステージ上に第1部アンサンブルに演奏参加する淀川工科高等学校吹奏楽部のメンバーが姿を見せ、次いで公演指揮者・佐渡裕が第1部用の衣装を身にまとって登場、まもなく場内照明が落とされ、佐渡の手にした指揮棒が振り下ろされた瞬間・・・
28回目を迎えた「1万人の第九」、いよいよ開演。
オープニング曲である『The Japanese Soccer Anthem ~日本サッカーの歌~』───「天皇杯サッカー」表彰曲としてお馴染みの存在とは知らなかった(爆)───の、ロサンゼルス五輪ファンファーレを思わずイメージしそうな出だし部分が響き渡ると、ああついに本番だなぁ、と何となく実感。
「サムライブルー」を思わせるかのような青系統の照明が照らし出されたかと思えば暖色系の照明に移り変わったり───様々なカラーリングでステージ上を彩る中を、この日本サッカーをイメージしたであろう佳作を力強く奏しているかのようでした。
聴いていて、先にも記していますが、ロス五輪ファンファーレが頭の中に浮かんできていたものでしたが、同時にロールプレイングゲーム、特に「ドラゴンクエスト」の音楽あたりをイメージしたりもしていました。
「日本サッカーの歌」と”「ドラゴンクエスト」の音楽”───この両者の間で、何だか、これから戦いに挑む心意気が楽曲の中に織り込まれている点に於いて互いに類似しているように、私は耳にしていて一瞬感じました。
で、このオープニング曲の演奏終了後、ステージ上に姿を現した司会進行役の小倉とアシスタント役のMBS女子アナに対して佐渡は、今年開催されたサッカーワールドカップ南アフリカ大会で眠れなかった話など、サッカー好きな一面を露わにしていました。
サッカーと音楽家の関わりといえば、今は亡き名指揮者の一人で「1万人の第九」の企画・立案段階に於いて大きな役割を果たした朝比奈隆が若き頃サッカーなどのスポーツに熱中していたとの話はよく知られているところですし、また同じく歴代の名指揮者の一人に数えられるゲオルク・ショルティもまたサッカー少年だったとの話が伝わってきていますので、案外音楽家の間でもサッカーが親しまれているということなのかもしれませんね《と今更私が言うほどのことでは無いか…》。
次いで登場した第1部ゲスト出演者・平原綾香による歌唱曲4曲───ここで、佐渡プロデュースの青少年弦楽合奏団「スーパーキッズ・オーケストラ」のメンバーもアンサンブルに加わります。
しっとりとした曲感で始まる『Juiter』、軽やかな感じで始まる『威風堂々』、何処か甘ったるい感じな始まり方をしていた『Love Story』(「第九」第3楽章の旋律を基にした新曲)、そして後半に於いて弾けるように進行する『Joyful Joyful』・・・
これら4曲のプログラミングの仕方───しっとり感で始まり、軽やかな雰囲気になったかと思えば甘ったるい恋の雰囲気に包まれ、そして最後に歓喜で場内が弾けまくる・・・何だかプログラミングされた4曲全体で一つの継続したストーリー性を創り出しているかのように思えるところがあり、うなってしまいそうな内容です。
そして合唱団も演奏に参加した『Jupiter』と『Joyful Joyful』に於いて、特に最後に披露された『Joyful Joyful』では本番前日のリハーサルに於いて平原自ら合唱団に対して「一緒に参加して」との呼びかけがあって急遽参加ということになり大いに戸惑ったものでしたが、大阪城ホールで過ごした2日間を通じて何とか慣れることが出来、本番に於いて取りこぼされることなくついていくことが出来ました。
甘ったるい場面では睡魔に襲われそうになったこともありましたが(爆)───まぁ私なりに楽しめたような。
第1部を終え、30分間の休憩を経て、いよいよ核となる「第九」を擁する第2部。
アンサンブルも佐渡の手兵である兵庫芸術文化センター管弦楽団と、かつて「万九」の常連だった京都市交響楽団をメインとする管弦楽に総入れ替えとなり、公演指揮者の佐渡も楽曲に合わせるかのように燕尾服姿にお色直し。
そして始まったベートーヴェン「第九」。
昨年ぐらいからだろうか、主旋律を受け持つ楽器パートのみならず、それを取り巻く旋律(対旋律)を受け持つパートをも埋もれさせること無く歌わせるかのような指揮っぷりを見せてきていて、今年も、佐渡自身が東京と大阪で順次開いた「佐渡裕レッスン」(佐渡練)の段階から「ワイルドネスにいく」と公約していた、その公約通りに、全てのオーケストラ・パートに向き合い、そしてざっくりと、且つ高らかに歌い上げさせていた・・・
主旋律以外を受け持つ楽器パートの一つに耳を澄ませながら演奏を追っていると、暫くしてツボとなる箇所に差し掛かった時、ああこのようにして演奏がつながっていくんだな、と全身が痺れるほどに感じたりするものなのですが、佐渡が指揮する「第九」は他のパートをも高らかに歌い上げさせていることもあってか、よく痺れます(笑)
ただ、第2楽章そして第3楽章あたりに入ると、流れてくるメロディに負けてしまうとでもいうかうっとりしてしまうとでもいうか、無意識のうち(?)に睡魔に襲われてしまうところがある───私自身の疲れから来ている可能性も否定出来ないものの、緊張感の欠如というものもあるかも・・・
尤もこのことは、何も佐渡指揮の「第九」に限ったことではありませんが───う~ん、それにしてもこれはベートーヴェンに対して失礼かなぁ。
対策として考えられるのは、聴き所を自分なりに心得て、主旋律だけでなく対旋律にもどんどん耳を傾けることで緊張感(というか痺れ?)を出来るだけ継続させるか、或いは改めて「第九」という楽曲のあらすじについて改めて勉強し直すことで楽しみ方を模索してみるとか・・・
何だか私にとって、これは永遠の課題のように思えてきます───向き合うっきゃないか(悩)
話が逸れてしまいましたが、今年もざっくりと、且つ高らかに歌い上げさせるという音楽作りによって野性味あふれた「第九」を創り上げていたように感じました。
おかげで私も安心して合唱参加出来ました───終楽章に於ける声楽導入部分の後半に於ける高音域での声出しについては、若干不安を感じたものの、辛うじて乗り切れたかな。
ゲネプロの際に終楽章の595小節目(”練習番号M”箇所が終わった直後)に於いて大々的に発生した男声陣によるフライングも幸い治まっていましたが、一方でオーケストラ内(ティンパニあたりだったか)に於いて、第2楽章あたりでフライングが発生したような・・・記憶違いかも知れませんが。
何はともあれ、今年も前のめりな、野性味あふれた「第九」となったように思います。
ただ一つ、残念なことが・・・
昨年開催分まで開演直前に設けられていた聴衆向け”歌唱指導”コーナーが今年設けられなかったことで、終楽章の中の”練習番号M”箇所に於いて「合唱団+聴衆」が一体となって繰り広げられる大合唱が事実上途切れた、ということを初めのほうにて記しました。
果たして、実際の「第九」演奏に於いても、そのような大合唱が行われることはありませんでした《当たり前ですが…》。
終楽章の”練習番号M”箇所に入った際、口を動かしながらちらりと場内設置の大型ビジョンに視線を向けてみると、確かにカタカナ表記による『歓喜の歌』歌詞表示が為されているのは見えました。
けれどもそのバックに映っていたのは、ただ黙ってステージ上に視線を向けているであろう聴衆たちの姿。
カタカナ表記による歌詞表示だけが、聴衆たちに歌われぬまま、ただ空しく表示され続けていました。
「第九」演奏も無事終了し、公演指揮者の佐渡、4人のソリスト陣、そして合唱指導者団の先生方に対する花束贈呈が行われ、そして最後の『蛍の光』斉唱に入った頃には、”対岸”に見えるペンライトを左右に振る聴衆たち、そして2台の大型ビジョンに映し出されるレッスン風景スナップを見ながら、私もペンライト片手に、人との連帯感などを想っていました。
『蛍の光』斉唱のあと、3~4度、佐渡と4人のソリスト陣、そして第1部ゲスト出演者の平原がそろってカーテンコールを行い、居合わせた合唱団員たちそして聴衆たちを沸かせてくれていました。
カーテンコールの間、合唱指導者団はステージ上で出突っ張りの状態にありましたが、最後に佐渡らと共に舞台下手へと退場し、それに続くかのようにオーケストラ楽団員たちも舞台からはけていき、28回目を迎えた「1万人の第九」はこれにて幕となりました。
私も両隣の人と片言ながら、再会への期待を込めた別れの挨拶を交わし、余韻の残る場内をあとにしました。
終演後、再び着替えのためアリーナ席領域や場内レストラン等につながる回廊内の、本番用衣装への着替えに使った”隠れ場所”に向かった私でしたが、そこに2人の人影───出てきたのはなんと2人のご婦人方!
尤も何のためにそこを使ったのかは定かではありませんが・・・
何はともあれ、2人のご婦人方が出て行って空いたところを見計らってその”隠れ場所”に入り、ラフな服装へと再び着替えを済ませると、名残惜しむかの如く”隠れ場所”をあとにしてスタンド席領域につながる回廊につながる階段を上り、北玄関へ───そこから外に出てみると、そこには各々の仲間を待ち合わせているグループの姿があちこちに・・・
ふと北玄関横に設えられた特設カウンターに目を向けてみると、そこには帰りがけにプログラム冊子を買い求めているであろう合唱団員たちの姿・・・
そして、北玄関前広場から階段を下りたところのあたりにも幾つかの小グループの姿。
そんな状況の中、私は階段横に停めてあった自転車へと向かい、前かごに荷物を詰め込んで解錠、2日間過ごした大阪城ホールをあとに、京橋方面へと帰途につく合唱団員たちと共に大阪ビジネスパーク(OBP)側と架かる橋(歩道橋)を渡りました。
橋を渡りきったところで右折、大阪環状線の線路が走っている方向へと進路を変え、更に右折して森ノ宮駅方向へと車輪を向けたところで・・・
今年もお世話になりました!
大阪城ホールの最寄り駅である大阪城公園駅とそれに接続する歩道橋にも帰途につく合唱団員たちの姿・・・
それを眺めつつ、森ノ宮駅方向に自転車を発進させた私は、大阪環状線線路とその上を走る環状線電車を左手に見ながら、今年も幾つかの思い出を残した大阪城ホールと大阪城公園をあとにし、来た道をほぼそのまま逆に辿って帰路につきました。
その途中、生野区内の一交差点の夜景。
余韻を胸に秘めつつ、更に自宅に向けて漕ぎ続けたのでした。
というわけで、全7回にわたる、今年の私自身の「1万人の第九」出演記(というか大阪城ホールに於いて本番まで過ごした2日間の手記)は、これにて幕となります。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
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お疲れ様でした~。
お客さんとの合唱の練習がなかった、ってのはちょっと寂しいですね。
進行の関係上時間が取れなかったのか、はたまた、もう恒例だから言わんでもわかってるやろ、と判断したのかはわかりませんが、会場の一体感がまるで違ったとのことなら、来年からはまた元に戻るといいですね。
さて、2010年もお互い出演することがあれば、こちらからご挨拶に伺います、と、お話した件、覚えておられますか?
ご迷惑でなければリハーサルの際お伺いしようと思っているのですが、どんなもんでしょうか?
そういうのはちょっとしんどいなあ、負担が大きいなあ、ということであれば遠慮しますんで、おっしゃってくださいませ。
投稿: とまこまゐ | 2010年12月16日 (木) 12時07分
とまこまゐさん、おはようございます。
聴衆をも巻き込んだ大合唱という伝統のコンテンツが今年で途切れてしまった理由として、既に合唱団員だけで1万人ほどの大所帯になっていて、主催者側としては敢えて聴衆をも合唱に加わらせることに消極的になってしまっていたからなのでは・・・等と考えてしまうところなのですが、本当のところは定かではないです。
”ご挨拶”の件───う~ん、すみません、忘れていました(自爆)
それに絡んでとでもいいますか、先程、メールにて一つお知らせしていることがありますので、よろしければご高覧頂ければ幸いです。
ただ、私自身、精神面で問題を抱えているため、ともすれば不快な思いをさせるような態度をとってしまう可能性がありますので、その点につき予め申し添えておきます。
当日、楽しみにしてます。
投稿: 南八尾電車区 | 2010年12月17日 (金) 06時46分
長文かつ熱のこもったレポート、お疲れさまでした~♪
自分も、今年は何かが足りない感がありながらも顕在化出来ずにいたのですが・・・。
ブログを読んで、観客参加が無かったことか!と膝を打った次第です(死語?w)。
昨年は万九に参加しそこねた(それも抽選はずれではなく、申し込み忘れという体たらくで)ために、小規模第九に2回続けて参戦したおかげで、歌うのは合唱団だけという構図にしっかり馴染んでいましたが、万九であれをやらないのはやはり寂しいですよね。
小倉氏も常に最後のMCで語りかける、『全ての人類が兄弟になる』ことを、観客にも傍観者でなく当事者として参加してもらうことで、より鮮明に皆が実感できるよい営みだと思うのですが。
来年の復活を期待しましょう!
投稿: MOLTA | 2010年12月19日 (日) 10時21分
MOLTAさん、こんばんは。
今や合唱団員だけで1万人を数える規模にまでなっているとはいえ、この”練習番号M”に於ける「合唱団+聴衆」の大合唱、つまり居合わせた人間全てが合唱に参加するという試みは、いわば音楽体験の場を与えるものであり、また音楽の世界への招待にもなるわけですね。
勿論聴衆に否が応無く押し付けることは以ての外ですが、「総監督・指揮」を務める佐渡裕氏、或いは合唱指導者団の中で「首席講師」を務める(?)清原浩斗氏あたりが、開演前後に”歌唱指導”を行う(というかそれを行う時間を設ける)ことを通じ、聴衆に対して楽しく大合唱に参加してもらえるよう仕向け、そして実際の「第九」演奏の中で居合わせた人たち全てが心おきなく歌い上げられるよう、改めて取り組んでほしいと願うばかりです。
投稿: 南八尾電車区 | 2010年12月20日 (月) 23時08分
夫婦で初参加、全ての物が始めてでした。その後レポートを読まして頂きまたまた思い出したようにあったかな気持ちになれました。女房は途中平原さんの涙をスクリーンで映し出された瞬間から涙が出てとまらなかった様です。本当に今までに無かった経験で感動しました。来年も是非参加出来る事を願いたいです。又来年大阪城でお会いしましょう。追伸、リハ遅れてこられた日のアリーナ席の写真からすると、小生も直近くで座っていましたよ。
投稿: マサ | 2010年12月24日 (金) 12時37分
マサさん、こんにちは。
年明けになってからのレスとなってしまい、どうもスミマセン。
初めての「万九」合唱参加との由───ご夫婦とも充実したひとときを過ごされた様子で、何よりです。
私も平原嬢の人柄には思わず感心させられました。
今年も、まずはお互い抽選に漏れず通過出来ることを望むばかりです。
投稿: 南八尾電車区 | 2011年1月 1日 (土) 14時28分