【「第28回1万人の第九」;佐渡裕レッスン】今年は「ワイルドネスに」、そして「100%自分をぶつける」つもりで・・・
【お詫び】
当日の写真画像については後刻掲載します。何卒ご了承下さい《写真画像掲載後、消去します》。
一昨日(12月2日)の夜、阪神尼崎駅を最寄駅とする尼崎市総合文化センター「アルカイックホール」に於いて1日限定で開講となった「佐渡裕レッスン(佐渡練)」に受けに行ってきました。
28回目を迎えた今年の「サントリー1万人の第九(10000人の第9)」───本番まで残すところあと3日《佐渡練開講日基準》。
その前日には東北新幹線「八戸~新青森」間延伸開業という歴史的イヴェントも控えており、今年の本番前日・当日の2日間は私にとって密度の濃いものとなりそう。
でも「1万人の第九」、ただ合唱に参加して終わりでは正直ちょっと寂しいし・・・
それはさておき、当日、夜に雨が降るとの予報が出されている中、夕方17時半を少々回った時分に自宅を出た私。
JR線(大和路線)に於ける自宅最寄り駅の自転車置き場に自転車を置くと早足で駅に向かい、JR難波行き普通電車にギリギリ乗り込むことに成功(爆)
天王寺に出てみると、この後に入線予定と発車標に出ている阪和線から直通する快速で、遅れ(約8分だったか…)が発生している旨の表示を発見───先を急ぐため昨日から営業運転に入った225系電車に巡り会う可能性を捨てた私は、次の新今宮駅で反対側に停車中の大阪環状線・外回り電車に乗り移り、西九条まで。
ここで、そのままJR難波まで乗っていき、長い通路を近鉄のりばまで歩いて阪神なんば線に乗り換えるという選択肢もあったのですが、運賃面・時間面で考えて、結局は昨年と同じく西九条乗り換えで阪神尼崎へと向かいました。
なお、西九条で乗り換えた際、西九条から乗ったのは近鉄車両(4つドア車)による尼崎行き各駅停車でした───1年ぶりの阪神なんば線。
終着駅の阪神尼崎に降り立つと、そのままエスカレータで駅コンコース階へと降りて改札をくぐり、駅前広場へ───広場を挟んで向かい側に見える階段を上がってアルカイックホールに通ずる歩道橋に進みました。
視線の先には、歩道橋の右端を私と同じく佐渡練受講のためアルカイックホールに向かっているであろう人たちの列が続いているのが見えました。
ホールに続く人の列についていくが如くに歩道橋上を左折し、いよいよアルカイックホールの入る尼崎総合文化センターへ・・・
一旦地上に降りた後、文化センターの南縁を少し歩いたところでエントランス階段に到着。
これを上がり、案内に従って進むうち、目的地であるアルカイックホールの玄関前に到着です。
通常レッスンの会場前に掲げられているものと同じ標識看板が立てかけられていました。
予め必要事項を記入しておいた「佐渡裕レッスン」受講用紙を、ホール玄関近くにて切り取った上、玄関横に待機しているスタッフに手渡しながら入場。
ロビーから場内へと入ってみると、既に7割程度の座席が埋まっている様子でした。
で、私たち男声陣は2パートとも場内中央横通路から前方の席に設定されていて、通路側の席はもちろんのこと、中のほうの席もかなり埋まっている様子。
何処に座るべきか半ば放心状態になっているところにスタッフの一人がやってきて、前のほうの席へと案内されました───前から6列目・右寄りの席で、通路から見て2つ目の席でした。
ちょっとぎこちなく腰掛けていると、ステージ上に主催者・毎日放送(MBS)の担当者が姿を現し、佐渡練開講宣言を兼ねて簡単な説明を始めていました。
説明が終わると、担当者に紹介された3人の先生たち──木村先生・有元先生ともう一人(失念しました…)──が壇上に姿を見せ、そのあと有元先生だけが壇上に残って準備運動と発声練習となりました。
準備運動・発声練習ともほぼ有元流に進行し〔但し”隣の人の肩たたき”は省略〕、発声練習の締めとして5度音階による「隣のビヤガーデン」も行いました。
発声練習の後、少しだけ発音練習を兼ねた「第九」レッスンを行ったところで「1万人の第九」公演指揮者(総監督・指揮)の佐渡裕とバトンタッチ───正確(?)には、有元先生が気付かぬよう舞台下手側から佐渡先生がこっそりと姿を現し、そのうち有元先生に気付かれ、互いに握手を交わして場内が沸き立つ中で交代となった・・・といったところかな《間違っていたらスミマセン(ツッコミ歓迎)》。
佐渡先生と交代したところで、私たち合唱参加者はその場で着席となり、5分ほど講義を聞きました。
講義の中で、佐渡先生がかつて親しくしていたという故・河合隼雄が発した言葉である「ワイルド(野性的)にいこう」を今年の演奏に際してのキーワードにしようと語ると共に、自分自身を100%の力でぶつけるぐらいに・・・とも語っていました。
講義を終え、全員起立の上でいよいよ本題のレッスンへ・・・
レッスン全体としては、男声合唱のみによる”マーチ”箇所(411~431小節目)が終わったところで一息入れ〔その場に一旦着席〕、いわゆる”練習番号M”の箇所のところから後半のレッスンに入る・・・という流れで進みました。
そして、前半・後半とも、各段落ごとに、歌詞に込められた意味を随所で説明しながら歌わせる格好でレッスンを進めていきました。
まず前半に於いては、やはりとでもいうか、最初の混声合唱(257~264小節目;A+T+B)のところで私たちテノール・パートが先走ってしまう点をいわれました───ある意味、永遠の課題ですね(苦笑)
そしてこの段落箇所では、佐渡先生の指示で両横の人と手を握り合い、歌いながら拍打つ箇所のところで互いに強く一瞬握ることをやりました───ビート(拍)を感じさせることが狙いなのでしょう〔尤もこれは佐渡練に於ける恒例の一つになっている感もありますが…〕。
続く「Ja …」で始まる箇所(284~292小節目)では、先に「Ja!」と歌い出すバス・パートが他の3パートを先導する役割を負っていること、そして段落終わりのところでは「…この輪から泣く泣く立ち去るがよい」とあるように、ビートを効かすことなく静かに冷静に歌うべきことをいわれました。
「Küsse gab sie …」で始まる箇所(313~330小節目)───高音程パート(S・T)と低音程パート(A・B)とで役割を分けていたように記憶はしていますが、具体的にどういう役割が与えられているかまでははっきりと覚えていません《う~ん…》。
ただ、「Küsse」の意味(口づけ)を巡って場内が沸き上がり、更に舞台袖に引っ込んでいたはずの有元先生が急遽舞台上手側に姿を現して場内の笑いを誘っていたことは何となくながら覚えています《記憶違いの可能性があります…》。
続く”マーチ”箇所に於いて、佐渡先生の音頭取りにより男声陣が両隣と互いに肩を組み合いながら合唱していました───この”マーチ”箇所は、何やら小さな楽隊(違うかも知れないが…)をイメージさせる・・・と語っていたような。
「地球の同級生…」などとここの箇所に於いて男声陣を鼓舞する佐渡先生でしたが、ここで、今年の合唱参加者の最高齢が94歳と告げられると場内がにわかに沸き立っていました《最年少が小学校1年生(?)であることも明かしていたかな…》。
”マーチ”箇所が終わったところで全員着席させて一息つきました───ように記憶しています《必死に思い出してみるのですが、他の箇所であったのかもしれません〔「Ihr stürzt nieder …」から始まる段落(631~654小節目)に入るまでの間の何処かで一息ついていたようには覚えています…〕》。
そこで佐渡先生は3~4分ほど、先生自身が最近出演したという番組についてのこぼれ話を披露していましたが・・・
生憎、そのとき披露していた話題を殆ど忘れてしまっているため、ここでは書けませんが、その披露した話の内容で場内がすごく沸いていました。
場内が解れてきたところでレッスン後半開始。
一番有名な”練習番号M”の箇所のところ───というかレッスン前半の中でも言われていたことのように覚えていますが、歌い出しのところで子音は予め発音しておく旨のアドバイスをされ、その実践のため、巻き舌の練習をさせるということもありました。
ちなみに私自身、いわゆる「巻き舌」は苦手なほうで、歌っている過程で勢いのあまり「”巻き舌”もどき」なことをしてみたりはするものの、「巻き舌」だけを連続してやるのはちょっと・・・
しかも、その歌っている勢いで行う「”巻き舌”もどき」も、果たして本当の意味の「巻き舌」になっているのかどうかということになると、正直自信がないです(恥)
”練習番号M”の箇所から先については、ごめんなさい───ひとまとめにして書かせてくださいm(_ _)m
記憶がだいぶ薄れてきてしまっているので・・・・・・
”練習番号M”箇所が終わってから曲の終わりまでの間で一番印象に残っているのは、いわゆる”二重フーガ”の箇所とそれに続く部分。
ここはまるでお互いが噴水を掛け合うが如くに歌い上げるところ、というふうに解説していたような・・・
そして、その”二重フーガ”とそれに続くユニゾン箇所の両者を佐渡先生は見事なまでに比喩してくれていたのですが、どういう言葉を使って比喩したのかがどうしても思い浮かばない(自爆)
う~ん、やはり講義メモはとっておくべきですね───でも取り方がわからないし要領を得ないし…
あとは、弱音の響きの美しさが特に問われたりしているであろう、「Ihr stürzt nieder, …」から始まる箇所(631~655小節目)の練習も少し時間を割いていたような・・・
大したダメ出しは無かったように思います。
無事に終わったこの日の佐渡練・・・
外に出てみると、予報通り、雨が降っていました。
そして、阪神尼崎からは近鉄線直通の快速急行に乗って西九条までノンストップ、そのあとJR線に乗り換えて天王寺に戻るなど、尼崎まで来た道をそのまま折り返す格好で帰路につきました。
帰り道に閉店直前のスーパーに急ぎ立ち寄ってトマトジュースや野菜ジュースを買い込んだ私───雨こそ降っていたものの、強風に遭わなかったのが幸いでした。
ということで、いよいよ今日(12月4日)と明日(12月5日)、公演会場である大阪城ホールで過ごす2日間が始まります。
大阪城ホールWebサイト及び「1万人の第九」公式サイトに接続する「10000人の交換絵日記2010」によると、昨日(12月3日)からホール使用を開始し、設営とオーケストラ・リハーサルを行っている模様。
そして今年のオーケストラ陣容については、公演指揮者・佐渡裕の手兵である兵庫芸術文化センター(PAC)管弦楽団、京都市交響楽団、一般公募で選抜されたとみられる楽団員5人、それにコンサートマスター役として招請されたベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートマスター、ウェイ・ルー(Wei Lu)───以上により編成されていると佐渡自身「10000人の交換絵日記2010」の中で語っています。
今日は、朝に東北新幹線「八戸~新青森」間延伸開業、夕刻に本番前日の「総合リハーサル」───東北新幹線のことはすっかり忘れてしまっていますが(爆)、それはさておき、夕刻の「総合リハーサル」にて復習なりしていこうと考えています。
【お詫び】
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【1】「大阪5」クラス開講。「第九」は330小節目迄
【2】”マーチ”に”M”に”Seid umschlungen,”。写真撮影
【3】”二重フーガ”と”R”。佐渡練告知も
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「大阪「サントリー1万人の第九」2009年(第27回)開催分の関連リンク集…2010年(第28回)開催分リンク集を兼ねる」
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