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五十嵐喜芳、83歳で死去──関西出身、日本を代表するテノール。藤原歌劇団総監督等歴任。「1万人の第九」にも

 先日、とある記事を求めて朝日新聞のWebサイトにお邪魔した際に知るところになった話です。

 

 既に各種メディアがこぞって報じてきていますが、日本を代表するテノール歌手の一人で、日本国内に於けるオペラの発展に力を尽くした五十嵐喜芳が、去る9月23日、東京都内の自宅で急性心筋梗塞のため死去、享年83歳。

 

 

 この「9月23日」といえば、奇しくも、若手指揮者の垣内悠希がフランス東部のブザンソンで行われたブザンソン国際指揮者コンクールの本選で見事優勝を飾った日でもあります《尤もこのフランスに於ける出来事は現地時間基準である可能性がありますが…》。

 

 日本人音楽家の快挙で沸き立つその陰で、長らく日本の音楽界に貢献し続けてきた功労者がひっそりと他界した───何だか少し複雑な心境にあります。

 

 

 1928年9月に神戸市で生まれた五十嵐は、東京芸術大学音楽学部声楽科に在学中の1955年に第24回NHK毎日音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)声楽部門で特賞に輝き、東京芸大卒業後はイタリア留学を経て藤原歌劇団に入り、1966年に同歌劇団が上演したビゼーの歌劇『カルメン』に於いて準主役「ドン・ホセ」役にてデビューを果たしました。

 

 その後、1985年から1999年にかけて藤原歌劇団総監督、1999年から2003年にかけて新国立劇場オペラ芸術監督を歴任するなど、日本に於けるオペラ振興に力を尽くしてきています《彼の生涯に関しては、テノール歌手(つまり一アーティスト)としてよりもオペラ・プロデュース能力のほうを高く評価する向きがありますが…》。

 

 その一方でテレビのワイドショー番組にも出演───これは正直知らなかったです(驚)

 

 

 これ以上の内容に関しては各種メディアによる報道に譲るとして、実は五十嵐喜芳、私も合唱団の一員としてお世話になってきている大阪の「サントリー1万人の第九(10000人の第9)」に過去に1度だけソリストの一人として出演しています。

 

 彼がソリストとして出演したのは1983年に開催された第1回公演───当時落成されたばかりの大阪城ホールの落成記念イヴェントの一つとして企画された「サントリー1万人の第九」(当時は”サントリーオールド1万人の「第九」コンサート”と呼称、単発扱いとされていた)にテノール・ソロとして出演しました。

 

 この第1回公演が行われた当時、大阪城ホールのすぐ東側を走る大阪環状線は民営化される前の”国鉄の路線”として運転されており、一方で現在は大阪ビジネスパーク(OBP)として形成されているホール北側の川を挟んだ一帯では、まだ「ツイン21」が着工されたばかりで、ホテルニューオータニ大阪や讀賣テレビ新社屋、いずみホールの入る住友生命OBPプラザビルなどは未だ着工すらされていませんでした。

 

 そんな状況の中で開催された第1回「1万人の第九」の公演指揮者を務め、「1万人の第九」自体の企画にも関与した山本直純(2002年没)と五十嵐の間には、東京芸大に於いて同期の関係にあったみたいです。

 

 

 というのも・・・

 

 五十嵐は、前記の第24回NHK毎日音楽コンクール声楽部門に於ける特賞獲得の翌年、つまり1956年に東京芸大を卒業し、イタリアに渡っています。

 

 一方、指揮者の山本は1952年に東京芸術大学音楽学部作曲科に一浪の末入学し、3年次を終えたところで同学部指揮科に転科、1958年に卒業しています。

 

 つまり、山本自身が入学時点の作曲科から転科しなかったと仮定した場合、学年的には五十嵐と一致していた可能性があるためです《実際には、山本は1958年に指揮科で卒業する一方、五十嵐自身の入学時期が公にされていないことなどから、本当の意味で東京芸大内に於いて両者互いに”同期の関係”にあったかどうか懐疑的と言わざるを得ないところですが…》。

 

 

 尤も山本と五十嵐の間に直接的な関係が存在していたかどうかは定かではありませんが〔何しろ所属学科が違う…〕、「1万人の第九」公演10回目を記念して1992年12月に出版された『ドキュメント「1万人の第九」 響け!歓喜の歌声』〔大谷幸三著;TBSブリタニカ(現・阪急コミュニケーションズ)〕の中に、まだ東京芸大の学生だった山本と五十嵐の「第九」に纏わるエピソードが紹介されています。

 

 当該書籍が語るところによると・・・

 

 山本は東京芸大に在籍中、数多くの「第九」公演のステージに”合唱団の一員として”立ってきています。

 

 これは何も東京芸大に限ったことでは無いみたいなのですが、「第九」公演を開くに際して管弦楽と共に必要となってくる混声合唱(コーラス)を揃えるため、声楽科学生は勿論のこと、ピアノ科や作曲科といった管弦楽に属する各楽器パート以外を専攻する学生たちをも合唱団員として動員するのが常だそうです《合唱団の数あわせのため》。

 

 作曲科学生として入学した山本もまたコーラスの一員として、同じく東京芸大に声楽科学生として在籍していた五十嵐と、やはり当時同芸大声楽科学生として籍を置き現在は日本を代表するバリトン歌手の一人に数えられる栗林義信らを目の前にしながら、ヘルベルト・フォン・カラヤンやジャン・マルティノンといった当時世界一流の指揮者たちのタクトによる「第九」公演に出演していました《1954年春に初めて単身来日したカラヤンが当時のN響を指揮して「第九」を演奏した際にも、国立音大と共に東京芸大も合唱出演していますので、その際に山本もまた合唱団の一員としてカラヤンの棒を見ていたのかも知れないですね》。

 

 その際、五十嵐ら声楽科学生から「俺たちがやるから口だけ開けていればいい」とアドバイスされたためなのか、山本は口パク(じゃなく実際はそれなりに歌っていたでしょうが…)させながら、カラヤンやマルティノンなどの大指揮者それぞれの棒の振り方をつぶさに見続けていたとのことで、この時の体験がのちに指揮者として成長するための肥やしになったことは想像するに難くないところでしょう。

 

 この、東京芸大の学生時代に於ける「第九」公演などが取り持つ縁から、山本は自らも企画・立案に関与していた「1万人の第九」第1回公演(当時は単発扱い)に於ける「第九」ソリストの一人として五十嵐を呼び寄せたのかもしれないですね。

 

 勿論本当のところはどうなのか定かではありませんし、私自身それを知る術は持ち合わせていませんが・・・

 

 それはさておき、そんなわけで「サントリー1万人の第九」歴代公演記録には、関西が生んだ日本を代表するテノール歌手の一人”五十嵐喜芳”の名前もしっかり刻まれています。

 

 

 関西圏内に住む音楽好きの一人として、また「1万人の第九」に合唱団の一員としてお世話になってきている一人として、心から哀悼の意を表します。

 

 

◎ 参照記事(本文中紹介分を除く)
訃報:五十嵐喜芳さん83歳=日本のテノール第一人者
日本代表するテノール歌手、五十嵐喜芳さん死去
テノール歌手の五十嵐喜芳さんが死去
五十嵐喜芳さんが死去 日本代表するテノール歌手
五十嵐 喜芳(いがらし きよし)
NHK交響楽団客演指揮「第九」
《カラヤン公演プログラム冊子1》:来日公演プログラム冊子
OBP及びOBP開発協議会の歴史

 

 

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コメント

昭和30年末か31年春,芸大の卒業公演[椿姫]が日比谷公会堂であり,見に行きました.主演は五十嵐喜芳氏.大変に興奮した記憶があります。当時の配役やオケのメンバーなどの記録はありませんでしょうか?

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